Princess Brave!


 
 
 互いの挑発は一瞬。次の瞬間、ウィズに向けて白い影が殺到する。ほそっこいシルエットのウィズを押し潰さんばかりに、白い骸骨が一斉に彼に錆びた剣を向ける。だがウィズは動かない。その場で平然と腕を組み――殺到した剣の切っ先がぼろぼろと崩れ、ウィズに届かずその場に落ちて行く。
「…俺が誰だか知っててケンカ売ってんだろーなぁ、オイ」
 銀色の。
 木漏れ日の中を磨き抜いた銀細工みたいな銀色が、走る。ウィズが一歩を踏み出すとそれだけで、ぼろぼろと辺りの枝葉が、近付いた骸骨が、砂のように輪郭を崩していく。まるでそれは、そう、百年も放っておかれて風化した書物か何かみたいに。
「流転の行きつく先は<風化>と<腐食>。悪魔だろーが何だろうが、てめぇら俺の前に立つんじゃねぇ、まとめて風化させるぞ!」
 乱暴な咆哮は――どうやら呪文だったようだ。ウィズの周りが、爆発した。爆発したみたいに、見えた。空気が爆ぜ、末姫様が小さく悲鳴を上げてその場に尻もちをつく。爆風が辺りの木々をなぎ倒し、ウィズに向かって来ていた骸骨達をも吹き飛ばした。だが、それだけだ。
 砂のように崩れ去った骸骨も、吹き飛ばされた骸骨も、また軽い音をたてながら再生を始めている。
「無駄だよ、どれだけ壊したところでソレは再生し続ける」
「さて、どーだ? 俺の力は<風化>と<腐食>だと、さっき言ったぞ」
「…?」
 言いながらウィズは距離を随分と詰めていた。群青色の狼とそれに騎乗する人物まで、あと数歩のところまで迫る。彼と<悪魔遣い>と呼ばれていたあの人物の間を遮るみたいにぞろぞろと無数の骸骨達が群れ出でて、そして、僕は気付いた。
 骸骨達の中には身体の一部が崩れたまま、再生しきれていないモノが居る。
「……変態かお前」
 ――ウィズが何をしたのかは分からないが、狼の上から最初に飛んできた感想はそんな内容だった。どうも焦っているというよりは呆れている、という雰囲気だ。
「魔法使いに対するホメコトバをありがとよ!」
「信じられないな。これだから<短命種>は」
 耳慣れぬ言葉を口にして、フードの人物が腕を振った――と、ウィズの頭上、木々の合間から、何か大きな塊が落ちて来る。
 それは。首の無い騎馬に乗った、騎士のような姿をした骸骨だった。槍を構えて一直線にウィズへと飛び込んでくる。どこから、と僕らが唖然としている間にもウィズは平然と腕組みをしたままだ。
「ウィズ、上…ッ」
「分かってる」
 末姫様の言葉にウィズは笑って頭上を振り仰いだ――それだけだった。それだけで、彼の頭上から垂直に落下して来ていた骸骨騎士の姿が、壊れる。砂でできた城が崩れるかのように一気に騎士の姿は消えさり、さらさらと白い粉がウィズの頭上から降り注いだ、それだけだった。


 その様子を見ながら歯を食いしばり、肩をおさえて立ち上がる末姫様に、背後から、リサさんの長い細い手が伸びた。末姫様の体重を支えるリサさんに、末姫様は眉根を寄せる。
「リサ、魔物は」
「消えました。…また、逃げられてしまったようです」
 瞬間リサさんの温和な顔立ちに酷く険しいものが刻まれたが、すぐにリサさんは気を取り直したみたいに、ウィズの方へ目を向けた。
「リサは精霊が視えるのよね」
 その真剣な眼差しに末姫様がそう問いかける。リサさんが静かに頷いた。
「ええ…」
「あれ、どうなってるのか分かる? 魔法も剣も効かなかったのに、あいつどうやってアレを壊しているの?」
「…」
 リサさんは言葉に迷ったようだった。それから、低く掠れた――それは必死で冷静さを保とうとするような、緊迫した声色だった。
「正直わたくし、自分の眼に自信がなくなりそうなのですけれど。…あの方は、一体一体のあの魔物…<悪魔>と仰っていましたわね、その、魔力の核の部分を破壊しているのです。…再生をする際に中心となる部分を全て壊しておられるのですわ」
「それって…難しいの?」
「…そうですね。わたくしでは無理です。あれだけの数の相手を、ひとつひとつ丁寧に分析して、的確に一か所に、しかも一撃で仕留められるだけの強さの魔法を打ちこむ…そんなこと、出来る方が居るということすら、こうして目にしてさえ理解ができないくらいです…」
 ふるりと――リサさんの肩が微かに震えた気がしたのは僕の目の錯覚だろうか。
「……何だか恐ろしいくらい」
 なまじ魔族の金の眼を、精霊の視える眼を持っているからこそ、リサさんはウィズの凄さが理解出来るのかもしれなかった。



「それで終わりかよ、<悪魔遣い>」
 ならばこちらの手番だ、とでも言わんばかりにウィズが大きく腕を振り被る。どんな魔法を使おうとしたものか、彼のまわりでごうと風が鳴っている。身を縮めた僕を余所に、フードの人物は矢張りどこまでも動じた様子が無かった。フードからのぞく口元が、笑う。
「そういきがるんじゃない、若造」
 歩み出そうとしたウィズの足を、地面からわき出した影が掴んだ。細い白いそれは骸骨の手だ。ウィズは足元を見て舌打ちをして、それだけでまた、白い骨が砂と化していく。が。それだけではなかった。――その、砂と化した白い粒が、ウィズの周りをぐるりと廻り始めたのだ。さすがに困惑したのか警戒の色を露わにするウィズを、白い霧のようなそれはぐるりと取り囲み、そして。
「――ッ!?」
 僕らの位置からはその霧のようなものに囲まれたウィズの姿は見えなかった。が、小さく呻くみたいな声が聞こえてしまって、僕はきゅうと警戒の声をあげる。末姫様が唇をかんだ。
 白い粉が今度こそ力を失ったように、風に吹かれて消える。
 僕らが見たのは、その真ん中で、古めかしい矢数本に肩と足を貫かれたウィズの姿だった。
「ウィズ!?」
「近づくな、馬鹿姫!」
 ウィズの強い語調に末姫様は咄嗟に駆け寄ろうとしていた足を止める。負傷している自分が近付いたところで壁としてすら役に立てない、それを末姫様ご自身が一番理解なさってたんだろう。そうしている間に、狼がのそりと動いてウィズの眼前に立った。
「……これ以上僕の邪魔をするな、人間」
 ――どうやら、フードの人物にはウィズをこれ以上傷つける意図はないらしい。が、口調は有無を言わさぬ強さがあった。
「今度邪魔をすれば、その程度の怪我では済まさせない。二度とあの魔物には、関わるな」
「………レギオンに、あの騎士はエクイテスだな。更に今のは奇襲専用で幻影に紛れて攻撃するデュプリカリウス、ってとこか」
ウィズの言葉にフードの人物が少しだけ口角を上げた。少し楽しそうだ。
「今のだけでからくりを見破られるとは、同じ手は通用し無さそうだ。これだから<短命種>は嫌いだよ――学習能力がバカみたいに高いんだから」
「魔族の魔法は、当人が認識した範囲内でしか効果を発動できない。だから幻影を見せるとか錯覚で誤魔化すっつーのは、対魔族の戦法としちゃぁ、定番だろ。見抜けない方がどうかしてるぜ」
 そこまで一息に言ってからウィズは一度呼吸を飲んだ。息を止めて、肩に刺さっていた矢を抜き取る。銀髪の上に赤い血が飛んだ。
「早めの治療をお勧めしておくよ。悪魔の武器は、人には毒だ」
「…だろーな。知ってるよ、くそったれめ!」
 忌々しそうに吐き捨ててウィズは――
 ――笑った。それはそれは可笑しそうに。
 その頭上を。

「そこに直んなさいな、<悪魔遣い>とやら」

 ――青金の髪を木漏れ日になびかせて。ウォーハンマーを凶悪にぎらつかせて。
 末姫様が、跳んだ。


「…はぁ?」
 どこか間抜けな、呆気にとられたみたいなその一言が耳に届いたのは多分僕位じゃないかな。末姫様は重さを感じさせない、まるで羽毛みたいな軽さで黒ローブの人物の頭上に達すると、利き手とは反対側の左手でウォーハンマーを振り被った。ひたすら重量だけで相手を叩きつぶし粉砕する、ただそれだけのシンプルな、それゆえにどこまでも凶悪な面構えをした黒鋼の塊。
「リサ!」
 鋭い末姫様の声に、僕の背後に居たリサさんが無言で応じた。末姫様の周りできらきらと光るのは、リサさんが得物として使っていたあの細いワイヤーだ。まるでそれが何かの合図だったみたいに、末姫様は不自然に、突然に、落下した。
 それまでの羽毛みたいな軽やかさが嘘みたいな、ものすごい重量を感じさせる落下。
 ――リサさんが<重さ>を操ったんだ、と僕はそこでようやく合点がいった。確かさっきもリサさんは、魔物を<重さ>で潰すとか何とか言っていた。彼女の魔法はつまり、重量を変化させる魔法なのだ。
 轟音をあげて末姫様がウォーハンマーを振り下ろした。あまりの重量にびりびりと辺りが地響きを立て、落下地点は舞い上がった落ち葉でろくに何も見えない。
 沈黙は一瞬だったはずだ。でもとても長かったような気もする。

 やがて視界が晴れるとそこには。
 膝をついた末姫様と、平然と立っているローブの人物。それに加えて、見慣れない人影が増えていて、代わりに群青の狼の姿が消えていた。
 黒いローブをまとっていたその人物は、末姫様のさっきのハンマーの衝撃でどうやらフードを吹き飛ばされたらしい。今までよく見えなかったその姿が露わになっていた。
 見たところ二十歳そこそこくらいだろうか。リサさんのブルネットとはまた違う、濡れた鴉の羽根みたいな真っ黒い髪の毛と、常緑の葉を想わせる深緑色の瞳。容姿はあまり印象的ではなくて、地味な部類に入るだろう。
 彼を守る様に、末姫様と彼の間に立っている人物の方は、二十代後半くらいかな。ただこっちは整った顔立ちと、何よりも、その耳が印象に強く残る。何しろ耳が狼の耳みたいな形をしていて、オマケにその毛並みの色と来たら夜空みたいな群青色なのだ。
 更に異様なのは、その狼耳の人物の手足だった。重たそうな鎖がじゃらじゃらと、彼の手足では音をたてている。歴史の本で見た昔の奴隷みたいに、手足が鎖で繋がれたみたいな、妙な恰好をしている。
 ただそれがただの鎖じゃない証拠に、右手に繋がった鎖は長く延びて、膝をついた末姫様と、末姫様のウォーハンマーに複雑に絡まっていた。
 ――末姫様はそれで身動きが取れなくなってしまっていたのだった。必殺の威力を込めた一撃は、あの異様な鎖に阻まれたのだと、僕はようやく気付く。
「…ッ…」
 悔しそうに歯噛みする末姫様を、黒ローブの人は一瞥した。
「無茶苦茶なお姫様だ」
 その感想に思わず同意したくなったのは僕だけじゃあるまい。
「主(あるじ)、怪我は」
 そんな彼に向けて群青の獣耳の人が問いかける。淡々と、黒ローブの人は応じた。
「無い。助かったよ、<よなか>。まさかこんな無茶をする相手だとは思わなかった」
「この娘はどうする」
 リサさんがワイヤーを引き絞ったのが僕には分かった。答え次第ではただではおかぬと、その気配だけで主張せんばかり。だがそんなリサさんの殺意にも似た気配に気づかぬ訳もないだろうに、矢張り無表情なまま、黒ローブの人はその場に屈みこんだ。末姫様と視線を合わせるみたいにして、さっきみたいににこりと優しく微笑む。そして口を開いた。
「…大した度胸だ、プリンセス。僕は王侯貴族って奴が嫌いだし、キミみたいに人に命令するのに慣れ切ってる面構えも嫌いだし、つーかむしろ反吐が出るけど」
「何よ」
「――だがその度胸と覚悟の程は、気に入った」
 一方的にそう言い置いて、彼は立ちあがる。勝者の余裕で、さっきまでウォーハンマーをふりかざしていた末姫様に背を向けて、悠々と立ち去ろうとしている。その背中を、末姫様の声が追いかけた。いつの間にか鎖は解けて、虚空に消え去っている。あの鎖も魔法の産物か、さもなくば悪魔の振るう不思議な力の一端なんだろう。
「待ちなさい、<魔女>とか言ったわね」
 身体の自由を取り戻した末姫様はよろよろと立ちあがった。
「…そっちの呼び方の方が気に入ってる」
 <悪魔遣い>と先程呼ばれたその人物は、少しだけ嬉しそうに振り返る。
「あなた、何者なの。ここで何をしているの?」
「本当なら敗者の君達に答えてやる義理もないけど」
 余裕綽綽、といった笑みが実に腹立たしい。
「…そうだな、ヒントくらいはくれてやろう。僕は<レガス>だ。古き伝承を今に伝える、悪党の一人。…あの魔物を、殺させてしまう訳にはいかないんでね、ちょっと手を出させて貰ったよ」
「<レガス>――やっぱりかよ」
 ウィズが唸る。末姫様は眉根を寄せて、それからはっと思い至ったように青い瞳を瞠った。
「メイ姉様の言ってた、喪われた魔術を伝える一族って…」
「僕らは血筋では繋がらないから<一族>という表現は的確ではないし、喪われた魔術の知識を僕らが有しているのは単なる副産物だ。その言葉は、当たらずとも遠からずってところだね」
 肩を竦めてから、彼は隣を歩いている獣耳の人物の背をとん、と叩いた。それが合図だったみたいに、その人の姿がかき消える。目を瞬きする間に、そこには人影の代わりに、先程の群青色の狼が現れていた。
 その四肢をよく見れば、矢張りそこには鎖がある。
 ――僕らの目の前で再びその狼の背にまたがると、<魔女>を名乗ったその人物はひらりとこちらに手を振った。
「…待って、あたし、あなたに、あなた達に訊きたいことが――」
 言いかけた末姫様を制して、黒ローブの人はこう付け加える。

「それとあとひとつ。これは忠告だ。<灰色の女>を見たら、何をおいても、どんな状況であっても、迷わず逃げろ」
 
 それまでの余裕を滲ませた声色と少し違って、どこかそれは緊迫感を含んだような、鋭く真面目な調子だった。
 待ちなさい、と末姫様が尖った声を投げつけるも、最早それは力を持たない。言いたいだけ言い終えて満足したのか、黒いローブのその人はくるりと踵を返し、そしてその姿がまるで空気に溶けるみたいに唐突にかき消える。
 何かの魔法を使ったのかもしれないが、それにしたってあの人の目は魔族の金色ではなかったし、加えておけば魔法使いであるはずのリサさんもウィズもぽかんとしていたから、もしかするとあれも「喪われた魔術」とやらの一端、なのかもしれない。

 
 全員が唖然とする中最初に動いたのは末姫様だった。がくりと崩れ落ち、肩を押さえたまま歯を食いしばっている。傍らにいたリサさんが青くなった。
「殿下、どうなさいました!? あああやっぱりあんな無茶なさるからっ…提案された時にお止すべきでした…っ」
「リサのせいじゃ、ないわ。無理を押してあなたに援護を頼んだのはあたしだもの、気にすんじゃないわよこの程度」
 器が小さいわよ、と呻きながらも末姫様。けれど額には脂汗が浮かんでいるし、言葉の後に小さな悲鳴みたいな声が混じった。僕は近づいて末姫様に羽毛を擦りつける。大丈夫? 言葉は無くとも僕の気持は末姫様に通じたはずだ。
「…平気よ。骨が折れるくらい、…経験したこと無いわけじゃあ、ないもの」
 その末姫様にずかずか近付いて、いきなり彼女の胸倉をつかみ上げたのは、ウィズだった。ウィズだって腕を矢で射抜かれていてまだ血がだらだら流れている癖に、彼は怒り心頭、という表情で、
「こんの馬鹿姫ぇええええ!」
 末姫様が唖然とするような勢いでそう、開口一番怒鳴りつけたのだ。
「な、何をなさるんですかっ!?」
 リサさんがおろおろするけどウィズは全然聞いていない。
「うるせぇ。俺はな、治療が苦手だっつっただろーが、傷思いっきり悪化させてんじゃねぇか!」
 末姫様の額の油汗と、肩を押さえる手の不自然さを見れば確かに、二日前にリトお姉様と決闘した直後と比べて悪化しているのは一目瞭然だった。末姫様は最初こそ腹立たしそうに鬱陶しそうに、青い瞳を険悪に歪めていたが、ウィズの剣幕に急にバツが悪そうに眼を逸らす。青金(ラピスブロンド)の髪が汗で額に張り付いていて、その表情は僕の位置からではいまいちよく見えなかったが、食いしばった唇がふるふる震えていた。
「だって、あたし、…あのままじゃウィズが危ないかもって思ったら、我慢できなくって」
「馬鹿姫! 最悪の場合は俺なんか捨て置けってんだ。お前は――!」
 ぎりっ、と。微かにウィズが歯を食いしばる音が聞こえた。末姫様の胸倉を掴む力を緩めて、彼は不意に弱々しい声で呟く。

「頼むから。…あんま心配させてくれるな、『フィータ』」

 本当に、咄嗟に口をついてしまった、彼の一言だったんだろう。有り得ない呼びかけに末姫様がはっと目を瞠り、事情を知らぬリサさんだけがぽかんとしている。末姫様が硬く結んでいた唇を開き、何か言おうとした矢先――
 どたばたと、いささか優雅さに欠ける足音が聞こえてきて、咄嗟に末姫様は顔を上げた。ウィズも末姫様から手を放し、音のしてきた方向を睨むようにする。
 けれども警戒する僕らを無視して、リサさんがぱっと顔を輝かせた。
「あの足音は――若様!」
 はたしてその視線の先には。不格好に、落ち葉を蹴立ててこちらに駆け寄ってくるでっぷりと太った、ギレム公爵家の跡取り様のお姿があった。
 乗馬用らしき革のブーツが、どたばたと足音をたてている。
「おおい、お前ら! 魔物を攻撃するのはやめだ!!」
「……遅いわよ、馬鹿ハム」
 末姫様の小さな一言は幸い、リサさんには聞き咎められなかったようである。
「? 魔物なら、先ほど、姫殿下と御付の魔法使い殿のお陰で撃退いたしましたが…何かまずかったでしょうか、若様」
 リサさんの報告に――エンド様は顔を曇らせた。何だ何だ、どうしたって言うんだ。
「――それはまずいな。…とにかく来てくれ。俺では手に負えぬ。お前の眼と知恵が必要だ、リサ」
 緊迫した物言いに、末姫様も眉根を寄せたまま顔を上げる。肩を押さえ青い顔をしたまま、末姫様はよろよろと歩み始めた。その様子にエンド様が顔をしかめる。
「また無茶をしでかしたようだな、フィーナ」
「…こんなの無茶の内には入りゃしないわ。それより、エンド、説明して。魔物を攻撃するなってどういうことよ」
 そういえば――と僕は思い出す。
 さっきの、あの<レガス>を名乗った黒フードの男の人、彼も「魔物を殺させるわけにはいかない」と言ってはいなかったか。
 ころころと転がりながら思案に暮れる僕の後ろで、どさりと妙な音がしたのは、そんな時だった。末姫様は肩を押さえたまま振り返り、そして目に入った光景に口をポカンと開ける。
 ――ウィズが血を流しながら、落ち葉の上にぶっ倒れていた。
「ちょ、ちょ、ちょっとウィズ!?」
「む、これはいかんな。――リサ、頼めるか」
「はい、若様」
 リサさんが請け負うなり、軽々と気絶したウィズの身体を抱えあげる。さすが元暗殺者――あるいは例の魔法で<重さ>を調節したのか――どちらにしたって大変な力持ちみたいに見えた。
「お前は歩けるな、フィーナ。俺達は先の、リサの妹の居た小屋に居る。彼はこちらで治療しているから、お前はゆっくり歩いて来い」
「誰に向って命令しているの」
 末姫様はぴしゃりと言って、ウォーハンマーを杖がわりに立ちあがった。額に張り付く青金の髪を振り払い、細い眉根をぐっと寄せて、いつも通りに堂々と。
「…急ぐわよ、二人とも。あたしの骨折くらいが何だってのよ、あんたの方が重傷なんじゃない、この馬鹿魔族!」
 末姫様はそんな風に、気絶したウィズに怒鳴りつける。
 それにしてもどうしたんだろう、末姫様。怒りの余りに頭に血が上ったんだろうか? さっきまで痛みで青ざめてた顔が、僅かに赤くなっていたように見えたのだけど、僕の錯覚だろうか。







 
 

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