森の中ににふわふわした女の子が居たもので、常ならば無視する所が声をかけてしまった。
理由は、分からない。
女の子は一言で言うと黒かった。いや、本人は透き通る程に白い肌に、淡い、光に透ける若葉みたいな色の髪の毛に、冬の晴れた空みたいに透き通った青い瞳という色合い。磁器人形を想わせる小さな顔に、作り物めいて整った造作の顔立ちをしている。
ここ数十年でもなかなか見ないような美少女であった。
それでも彼女が黒いと思えたのは、その美少女が事もあろうに喪服なんて着こんでいたからだった。それと、憂いを秘めた俯きがちの立ち居振る舞いとがあいまって、暗い、黒いイメージがどうしても先行したのだ。
「こんにちは」
「こんにちは」
挨拶すると、作り物のような顔を綻ばせて言葉を返してくれた。人形ではなかったようだ。
「…こんなところで、何をしてるの?」
あまり興味を持つようなものでもない気がしたが、僕はつい、そう問いかけていた。その少女が、まだ12かそこらの、か弱い子供のようにも見えたからだ。実際、見てくれは子供だった。僕と同じだ。
が、同時に、僕は森の中に一人佇むこの喪服の女の子を、同類だ、とも感じていた。
波の一つも浮かべない、泉にも似た静謐さは、とてもじゃないが子供の持っている雰囲気ではない。
「人を探しているの」
困ったように首を傾げてその子はそう答えた。
幽霊かもしれない、などと不意に思ったのは、その子の存在感が酷く希薄だったからだろう。
「…人、ね。こんなところで?」
「そう。どんなところでも、同じことだから。…ここに居たのは確かなようだけど、彼はどこかへ行ってしまったみたいだわ」
ふぅ、と細い溜息をついて彼女はさくりと足元の草を踏んで一歩踏み出す。木漏れ日がきらきらと白磁の肌と若葉の髪を撫でて零れる。緩い波を描く髪の毛の上、木漏れ日は遊ぶように弾けて綺麗だ。
何で喪服なんて着ているんだろうか、彼女は。こんなに明るい晴れた日で、彼女はこんなに綺麗なのに、喪服なんて着ているせいで目の前の姿さえ嘘みたいに見える。
「どんな人を?」
さして期待はせずに問いを続けてみる。彼女は青い瞳を僕に向け、僅かに微笑んだ。
「難しい質問ね」
「そうかな。妥当な質問だとは思うけどね」
「…大きな人。出会った時はあなたくらいだったんだけど、いつの間にか私が追い越されていたわ。それからすごく…優しい人。優しいせいで何でも自分で背負いこもうとするのが悪い癖だった」
「ふぅん」
何だかむずがゆくなるような話だった。優しい、とか、そういう言葉はどうにも僕ら悪党には眩しくて困る。それよりも、と僕は自分の役目を今更ながらに思いだして、彼女に僕の今来た方角――まっすぐ歩けば小さくて交通量は少ないながらも、それなりの街道に出るはずの方角を指差して見せる。
「それより、もう日が落ちる。早いところ街道に戻りな」
「……あなたも親切ね」
「勘弁してよ。僕は悪党だ」
「あら、そうなの。悪党は花束を持ってこんな森の中を歩くの?」
知らなかったわ、と、愉快そうに少女が微笑んだ。憂いを秘めた目は変わらないが、それだけでも印象が違う。文字通り、花が咲いたような笑みだった。とはいえ微笑みかけられた僕はたまったものじゃない。自己紹介したとおり僕は悪党である。
居心地の悪さに顔が険しくなるのを感じつつも、僕は肩に乗せていた花束をばさりと乱暴に振りかざした。花束は正直なところ適当に孤児院の子供たちに見繕ってもらったもので、彩りも量もバラバラで据わりが悪い代物である。墓に備えるならそれなりの体裁もあるだろうが、あいにくとここは墓場というわけではないのでこんなものでいいだろう、という、そういう僕の認識であった。
「…ここで、誰かが死んだのね」
ところが不意に、彼女は森の中を見つめてそんなことを呟いた。僕はこの花束をどうするとも言っていないのだけれど。
「ふーん。分かるの?」
「…死んだ人は、見えるから」
「へぇ」
僕の気のない返事に、彼女は戸惑ったようだ。首を傾げて、青い瞳で改めて僕の方をじっと見やる。
「驚かないの?」
「何で? 君がそういう異能の持ち主だってだけだろ。…あー、確かに『教会』の奴らは異質魔術や異能が嫌いみたいだけど、――いや、まぁ世界の因果律の安定を考えたら、確かに存在すべきじゃないんだけどさ――でも異能者だろ。異質魔術ならともかく、異質体質者は死ねばそれで問題ないし」
「…死んだ方がいいの?」
多分、その部分しか理解できなかったんだろう。それでも怯えたか、それとも嫌悪感からか、僅かに顔をしかめた彼女に、僕は面倒くさくて思わずため息をついた。誰もそんなことは言ってないし、仮に言ってたとしても僕は手を下さない。人を殺すのって死ぬほど面倒くさいんだぞ。
「どうせ人間なんて寿命が来れば勝手に死ぬだろ。誰かが手を汚すようなことじゃない。適当に幸せになって適当に天寿を全うすれば?」
だから吐き捨てるようにそう言うと、またしても彼女はきょとんとしていた。それからふ、と笑みをこぼす。どこか――そう。不思議と、疲れたような、そういう乾いた笑みだった。
「…そうね。そうなれたら素敵…」
まるで、それは。天寿を全うできないことを、幸せになれないことを端から知っている、とでも言うような。そういう、見ている人間を苛立たせる笑みだった。僕は眉を寄せて、でもそれ以上は決して何も言わなかった。僕が口出しするような問題ではあるまい。話題を変えるべく、僕は花束を持ち直しながら問いかけた。
「それで、君、これからどこへ行くの?」
「決めていないわ。…邪魔でなければ、あなたについていってもいいかしら」
「別に構わないけど。あんまり気分のいいものじゃないと思うよ」
そう? と首を傾げる彼女は僕の言葉なんて端から信じてもいないみたいだった。
ざくざくと草を踏み分ける。辺りに僅かに残る魔術の気配に僕は神経を尖らせながら、ようやっと目的の場所にたどり着いた。森の中、獣道がかろうじてわかる程度の、人の足には少々ならず辛い道のりだ。目の前には倒れた巨木と、その巨木を苗床に背を伸ばす木の芽や草と、その向こう側にひとつ。無造作に突き立てられた、大ぶりのナイフが目印だった。
その傍にこれまた無造作に投げ置かれた、意識しなければ「捨ててある」「勝手に枯れてる」としか思えない、萎れた花束があるのを見て、僕は苦々しく奥歯をかみしめる。あの馬鹿。
「先客…?」
確認するように少女が――あの酷い道中、不気味なことに足音の一つも立てず、気配さえ殆ど感じさせずについてきていた少女が、呟く。僕は振り返り、木の葉も草の欠片もついている様子のない彼女の姿に嘆息した。どうせロクでもない「何か」だろうとは思っていたけれど、想像した以上にロクでもない存在のようである。
などと考えつつも、僕は彼女の確認に、頷きで応じた。
「そうだね。どうせ馬鹿のことだから馬鹿なことをしでかしに来たんだろ」
「知っている人なの?」
「忌々しいことに。知りたくもないのにこの世の誰よりも知ってる」
「………。大事な人?」
「さて、どうだか」
舌打ちをしたいような気分で応じる。彼女はまた少し首を傾げて、思案して、それからそっと、無造作に突き立てられたナイフに目をやった。黙り込んだ彼女を横目に、僕は抱えてきた花束を投げ捨てるようにそこへ横たえる。
萎びた花束の横に。
――あの馬鹿がどんな顔をしてここに献花に来たのかと思うと、それもまた腹立たしかった。
(何で独りで行ったんだよクソ馬鹿。死ね。死んでしまえ。)
呪いの言葉を胸中に吐き散らしながら、僕はすぅと息を吸い込む。別の言葉を口にするために。
「イーヴァ姉。シゥセは相変わらずどうしようもなく馬鹿だよ。あんたのせいだ、あんたがさっさと死んだりするから」
そこまで告げて無意味さに力が抜けた。言葉の行きつく先はどこにもない。もうこの世に彼女はいないのだから。詰る相手は、もうどこにも居ないのだから。無言で唇をかみしめていた僕は、だから気付かなかった。さっきまで隣でじっと、墓標代わりのナイフを見ていた少女がふっと遠くを見るような目をしたのも、その唇が何事かを呟いたのも。
「感謝する、って言っとくべきなのかしらね」
――唐突に耳に届いたのは決して聞こえるはずのない声だった。僕は、驚いたというよりもぎょっとして顔を上げる。誰も居ない。静かな森は風が吹くばかりで、足元に打ち捨てた花束が花弁を揺らしているだけだ。それでも僕は問わずにはいられなかった。届かないはずの言葉を、問いを。
「……イーヴァ姉?」
もう答えてくれるはずのない人の名を呼べば、答えるはずもない声が、続いた。
「…それがあんたの意地だってんなら、仕方がないさ。あんたも男の子だったってことだ」
「おいイーヴァ姉。あんたまだこの世に居たのかよ」
「違うわ。それは死者の声。…<届ける>のは、私の技能ではないのだけど…」
むしろそれは彼の得意分野だから、と、僕に告げたのは先の少女だった。柔らかな、静かな、幼い顔立ちには不似合で不釣り合いな表情をして、彼女はそっと目を閉じる。
「…どういうこと?」
「この場所に、『死んだ人』の想いが残っていたから、私はそれを呼び起こしたの。それだけよ。呼び起こされれば、これはすぐに消える…」
意味は、分からなかった。分からなかったが僕なりに理解できたことはある。今聞こえているのは間違いなく生きていた頃のイーヴァ姉の、…あの馬鹿が大切にしていた唯一無二の理解者の声であるということ。
「…姉貴は複雑だろうが、それでも、…そうだな。私にとっては、良かったかもしれない。…私を二度目に殺すのが、お前で良かった。ヨル」
「っ」
それは聞けるはずがない、と思っていた、諦めていた言葉だった。ここで死んだ――僕が殺した、彼女の言葉だった。
恨まれていたとは思わない。僕が殺したとき、疾うに彼女は、「彼女」ではなくなっていたから、恨むとかそういう感情も無いだろう、とは思っていた。他にどうしようもなかったし、誰かが殺さなければならないのなら、あの馬鹿よりは僕がやるべきだと、僕らしくもなくそう決意したというだけのこと。
それでも。
そう割り切っては、いたとしても。
僕は言葉を呑み、息さえ飲み込んで、拳を握る。返すべき言葉があった。それこそ、彼女に伝わらないのだとしても。届かないのだとしても。
「――シゥセを独りにするなんて、酷いじゃないか、イーヴァ姉…」
それはずっと彼女にぶつけたかった言葉。
それでも返ることはないのだろうと、僕は告げるだけ告げて嘆息した。これは「想い」を「呼び起こした」だけのものだと、あの少女も説明していたし。ところが。
多分それは、偶然だったのだろうけれど。
「ま、これで少しは安心できる。あの馬鹿姉を、独りにしないで済みそうだ。…ヨルが居れば、あいつはもう独りではないだろうから」
酷い、と。
僕は今度こそ、その場で顔を覆った。酷い。あんまりだ。無責任すぎる。
肩が揺れる。
僕はこらえきれずに、その場で――笑い出していた。
「……ふっ、ふ、ふざけんなよあの馬鹿姉…少しは常識人だと思ってたのに………いうに事欠いて、アレのお守りを僕に押し付けて逝く気だったのかあの馬鹿…つまりこれは、馬鹿の姉妹は馬鹿だってことだよな! ああ何となく分かってたよ、分かってたけどさ!!」
笑いは殆ど引き攣っていて、笑うのをやめたら自分がどんな感情を露呈するのかは僕は自分でもよく分からなかったから、実際のところは僕は止む無く笑っていたような気がする。それでも生理的な反応で涙が滲むほどに笑って笑い疲れて、やっと呼吸がまともに出来るようになった時、もうあの馬鹿で馬鹿でどうしようもない僕の姉妹の声は聞こえなくなっていた。笑いすぎて聞き取るのを忘れたのかもしれないが知ったことじゃない。これ以上馬鹿の発言なんて、それが例え死者の国から届いた奇跡みたいな代物だったとしたって聞いてなんかやるものか。
目尻の涙を擦りながら、僕は呟く。
もう届かないことを知っているから、これは独り言だ。
「――誰に何を言われようが、僕はこの先ずっとあの馬鹿の相方だ。安心して、向こうで首洗って待ってなよ」
意味が無いということは、よくよく分かり切っていた。それでも口にしたかったから、僕はそう口にして、踵を返した。
ふわふわした女の子は、そんな僕の後ろをまた、この世ならざる者のようなふわりとした足取りでついてくる。声しか聞こえなかったあの馬鹿の妹よりも、余程彼女の方が幽霊じみていた。
「…それで、いいの?」
「何が? あれは死者の想いでしかない。生きてる僕らが報いてやれることが、何か一つでもある?」
「ないわね」
拍子抜けするほどあっさり彼女は同意して、そっと首を傾げた。幼い顔に似合わぬ、少し皮肉な笑みを浮かべて、青い瞳は今までに無いほどに仄暗い色をたたえていた。
「そう。死んでしまえば何もかも終わり。…だから、私は、彼に会わなくちゃ」
「探し人?」
「ええ」
彼女は頷き、少し黙り込んで、何かを考え込んでいたようだった。それから、顔を上げて告げる。瞳のあの仄暗い、薄気味の悪い炎のような感情はもう鳴りを潜めてしまっていて、正直それが僕は勿体ないななんて思っていた。あの薄暗さは――知っている。僕はあの仄暗い色を、知っている。
初対面とは思えないくらい、僕は彼女に共感を覚えていたのだ。あるいは、だからこそ、彼女は僕の前に現れたのかもしれない。
「もう行かなくちゃ。本当に見失ってしまうから。…だから行くわ、さよなら、通りすがりの、死者に所縁を持った人」
「そう。せいぜい頑張れ」
「投げやりな応援ね」
「僕らは祈らないし、願わない。悪党だから」
持つ神は無い、祈る先はない。自らの無力に歯を食い縛って祈るくらいなら、いっそ本当に無力であることを認め、何もできないことを認め、そしてこの世にとっての悪徳であることを認める方が楽なのだ。
「だけど君は…そうだな。多分僕と似てる。だから、まぁ、応援くらいはしてやるさ。何の意味もないし、価値もない応援を」
「お礼は言わなくてもいいわね、それなら」
「勿論」
――彼女が何のために彼に会おうとしているのか、多分僕には分かっていた。
だって僕は、彼女と同じ望みを、一生抱えて生きていく身だから。
「…さよなら。多分この先の長い人生で、滅多に会えない僕のご同類」
「ええ、さようなら。多分この先沢山の世界で、滅多に会えない私の同類」
僅かに微笑み、ワンピースの裾をつまんで一礼。その姿をざ、っと前触れなく強い風が包み込み、ああ、案の定やっぱりそうだ、と僕は得心した。その瞬間吹いた風は、僕らは「異風」と呼ぶものだったのだ。それも酷く強い。
――この世界の次元構成が乱れているだけではない、と察した時には、もう僕の目の前には彼女の姿は見えなくなっていた。忽然と、と称するに相応しいだろう。まるで最初から誰も居なかったかのように、風が収まってさえしまえば辺りはしんと静まり返っている。
僕は知らず詰めていた息を緩めて、それからまた、さくさくと落ち葉を踏んで歩き出した。
(やっぱり異世界人だったか。…まぁ、100年生きてれば1回くらいは遭遇するもんだってレガスの皆は言ってたな)
僕はあいにくとまだ100を数えていないのだが。
などと思って口を歪めていると、不意に森が騒々しくなったもので、僕はいよいよ顔をしかめて足を止めた。全く、珍しく僕の同類らしき存在に会えて、悪党らしからぬ余韻を味わっていたというのに、風情も何もあったものではない。――彼女は多分「風情」なんてものが目の前にあったとしても踏み散らして辱めることしか出来ないのだろうから諦めるしかないだろうが。
「ちょっと父さんっ!! 今、今何かいたでしょ、ここに!」
「……。って何だ宵歌か。シゥセかと思ったのに」
――てっきり「彼女」だろうと踏んだのに、彼女とよく似た雰囲気で駆け寄ってきたのは予想外にも僕の、血の繋がらない義理の娘だった。多分傍目には、二十歳になったばかりの彼女の方が年上に見えるだろう。既に成人しているので僕らの手元を離れて独立しているのだけれど、珍しくも休暇が取れたとかで、帰郷していたのだ。正確には、帰郷のその旅路の途中である。ちょっと事情があって、彼女は真っ直ぐに帰郷が出来ないもので、遠回りにあちこち寄り道しながらの旅の途中だったのだ、僕らは。
「母さんならさっき独りでどっかすっとんでっちゃったわよ。父さんのこと心配したんじゃないの?」
「余計なお世話って言葉をどうすれば覚えてくれるんだろうね母さんは」
「無理じゃない? 母さん頭悪いし」
「……そうだね」
我が娘ながら的確に真理を突いてくる。
返す言葉もなく僕は項垂れたが、すぐに最初の彼女の言葉を思い出して表情を引き締めた。多分「何か」ってのはあの少女のことだろうし、去り際の派手な「異風」に驚いてこの娘は僕の所へ駆け寄ってきたのだろう。――あ、違うか。
「…異世界人ならとっくに別の世界に渡っていったよ。あの様子だと渡り慣れてるなぁ」
「えええええ!? やだもう信じられない父さんってば気が利かない!!」
僕が告げると可哀想なくらいに大仰に我が娘は嘆き始めた。そうだよね、そんなことじゃないかと思ったよ。
「異世界人を私が送還できれば、今度こそ<教会>で出世できると思ったのに! 何で引き留めておかないのよ父さん!」
ああうん。本当に。そんなことじゃないかと思ったよ。
異世界人ってのはどうしたって、存在してるだけで世界にとってはよろしくないからね。<教会>はそういうのをひどく嫌う。穏便に世界から追い出せるなら追い出し、それが無理なら実力行使。その辺りの理屈はぶっちゃけ、<教会>からは嫌われている身である「悪党」の僕らと大差がないなぁなんて、そんなこと口に出したら目の前の我が娘――彼女は長じてから、どういう訳だか<教会>所属の異端審問官としてバリバリお仕事をしている――は怒り出してしまうだろうから言わないけど。
――だってね。娘に嫌われたい男親なんて居ないんだよ。
「気が利かなくて悪いね」
「そーよ。後でごはん奢って」
「……お前のそういうイヤにシッカリしたところは、きっと母さんじゃなくて僕に似たんだろうね」
「そーよ。責任とって奢って」
それでも可愛らしく膨れて拗ねて見せるところなんかは、きっと母さんに似たんだろうなぁ。血は繋がってないけど。
仕方がないので僕は路銀のことを頭の中で計算しながら、はいはいと諦めを込めてただ頷くことにした。そうこうしている間に、足を止めた僕ら二人に向かって、またしても騒々しい足音が聞こえてくる。さっき聞こえた娘の足音によく似た、けれどもそれよりも遥かに、どこか尊大に響くその足音の主のことを思って、僕はただ、諦めと――それ以外のほんの少しの感情を含ませて、顔を上げた。足音の来る方向を見やる。
顔を見たら開口一番どんな文句を言ってやろうか。
――それとも娘を連れて、もう一度くらい、あの墓標の前に立つのもいいかもしれない。
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