落ちる。
落ちる。
逆さまの視界。まぶたの裏には見えていないはずの光景が見えた。頭上に広がるコンクリートの灰色と。足の遥か下に広がる、灰色の空。どこを見渡してもモノトーン。落下速度の中で永遠にも思えたその光景を何と呼ぼう?
「狭間。ここは。」
 呟いたつもりで落下する彼女は喘いだが、実際には微かな呼吸の震えにしかならなかった。それでも目の前の女には通じただろうと信じる。逆さまの視界の中で、ひとつだけ、彼女と同じように空を足元に、コンクリートを頭上に、落下速度の中でゆっくりと微笑む女の姿をした何者か。
「そうか。」
 誰だったろうか。
 彼女のことを知っているような気がする。
 黒い髪。比喩でもなんでもなく、本当に「白い」肌。服も色を忘れてきたような黒一色のワンピースで、瞳だけが青いのだが、それも何か性質の悪いジョークのようだった。酷く、悪趣味だ。
「…あなた、誰?」
 今になって気がついたと言わんばかりに落下する彼女は問う。無意味な問いかけではあった。落下速度の中で、アスファルトに叩き付けられる寸前の一瞬の死体でしかない彼女の問いに、意味などあろうはずもない。だが。
 女の形をしているソレは、ふ、と、表情を緩めたようだった。最も、どこか芝居じみた所作ではあったが。
「さぁね。僕は何だと思う?」
 逆に、そう問い返してくる。
「それを私に答えさせようというの?」
「…いいや。僕は意味など求めない。」
「そうね。意味なんて欲しがるのは人間だけだわ。」
 落下速度の中でそんな会話が出来たわけが無い。これは、夢だ。死ぬ一瞬の中で見る。静かで儚く、そしてどこまでも無意味な。夢。
「……死ぬなんて最初から分かり切ってることなのに…みんな、必ず、平等に死んでいくのに。どうして意味なんか欲しがるのかしら」
「それこそ僕には理解できるわけが無いだろう」
「理解ではなくても、知っているのではないの?あなたは」
 そこで、ふと思い出したかのように、或いは突発的に思いついたかのように、彼女は続けた、声は、熱を、帯びる。
「…あなたは、だから、存在しているんじゃないの?」
落ちる。
落ちる。
落ちていく。



 
 
 志月は静かにドライフラワーを抱きしめる。乾いた花には温度もにおいも無く、ただ、ひたすら、色だけを留めている。かさかさ。かさかさ。耳障りに、鳴った。
 狭いビルとビルの隙間。空を見上げる。曇った空は灰色。
――空が、赤いわ。
 脳裏で女が呟いた。

 由香里を愛していたのかと問われれば、分からない。嫌ってはいなかったし、そもそも嫌っていればあんな迷惑な女を拾って暮らすことなどしなかっただろうが。
「空が赤いわ。」
「…そう。」
 その時、彼女はアスファルトの上に仰向けになっていた。投げ出したように広がったスカートと黒い髪は、固まりかけた血がこびりついている。覗き込んだ瞳は焦点も定かではなく、本当に空を見ていたのかと、今でも不思議に思う。或いは彼女の見る空は、志月には理解できない場所にあったのかもしれない。
「…あんたが殺したの?」
「………誰を?」
 空ろな声が、彼に答えた。路地に面した道路を、回転灯を光らせてパトカーが過ぎてゆく。耳障りなサイレンが音を変質させて去ると、志月は再び問い直した。
「こども。女の子。この先の公園の裏で死んでたよ。」
 そして無言で相変わらず空しか見ていない、或いはどこも見ていない女の横に転がったナイフを指差す。ナイフは血に塗れているだけでなく、僅かに肉片がこびりついていた。志月にはよく分からなかったが、内蔵だろう。恐らくは。
「あんたが殺したの?」
 改めて問い直すものの、彼女に言葉が通じていたのかどうかは分からなかった。ただ、彼女は呟くだけだ。
「……空が真っ赤だわ…気持ち悪い」
 再び、サイレンの音。パトカーの回転灯がぐるぐると薄暗い路地を照らした。赤い。あかい。あかい。
「あんたさ、行くとこあるの?」
「いく、ところ?」
 まるで子供のように彼女は鸚鵡返しに言う。志月は改めて、言い直した。
「帰る場所」
「…かえる…どこに?」
 なかなか会話が通じない。
 例の連続殺人犯が、精神に異常があるらしいという噂は本当だったか、と、妙なことに感心しながら志月はもう一度、質問を試みた。何故か、警察に通報しようとかそういう気分は全く失せてしまっている。目の前にいるのはただただ惚けているだけの愚かしい女でしかなかった。こんなものを突き出して、いったい何が変わる?
「どこに帰るか、決まってるのか?」
 女は暫く黙っていた。空を見上げたまま微動だにしない。やはり通じなかったかと、諦めて、志月はその場を立ち去ろうとした。こんな女の相手をするだけ無駄だろう。酷く白けてしまったような、妙な気分だった。
「……分からない。あなたは、私がどこに帰るか…知ってるの?」
 ぽつり。
 立ち去ろうとした志月の背中に、そんな声が届かなければ、志月はそれっきり由香里と関わろうなどとは思わなかっただろう。



 翌日には、志月の拾って帰った女はまるで昨日の事など忘れたような姿になっていた。洗いたての黒い髪の、自分と同じはずなのに、やたらと甘ったるく感じたシャンプーの香りだけを志月ははっきり覚えている。ベッドには血のにおいが残っていたけれど。
「…あんた…」
 驚き半分、呆れ半分というない交ぜの感情で声をかけると、彼女は振り返った。昨日の、あの、焦点の合わない瞳と、空ろな表情が思い出せないほど、はにかんだ微笑はあまりにも「普通」で、志月は戸惑う。何だろう。別人のようだ。
「あ、お早う。…その、勝手に台所使っちゃった…」
「い、や、構わないけど…」
 昨日の彼女なんだよな。と、確認しようとして、名前を知らなかったことをようやく思い出した。あれから連れ帰ってから、彼女はすぐにベッドに潜り込んで眠ってしまったのだ。
「ええと」
「由香里」
 彼女は朗らかに笑って見せた。それから全く屈託無く、
「殺人鬼の名前なんか知りたく無かった?」
「…」
 言葉に詰まったのは何故だろう。あまりに彼女が朗らかだったせいか。殺人犯という、目の前の女に不似合いな事実を思い出したせいなのか。
 いや、正直に言えば、一瞬途方に暮れたというのが、正しい。
 何故彼女を連れて帰ってしまったのかとか、警察に連絡すべきだったとか――まぁ、そういう諸々のことを一瞬考えたのである。
(…まぁ、いいか…)
 だがすぐにそんな思考は投げやりに通り過ぎてしまった。既に、一ヶ月か、二ヶ月か、その程度しかもたないだろうと宣告されていた志月にしてみれば、何もかもがどうでもいい現実に過ぎなかったのだ。或いはもしかして、とも思う。思い返してみれば。
 俺を殺してくれるかもしれない、という期待が無かったか?
「俺は、志月。」
 思考を振り払って、志月は彼女に向き直った。由香里と名乗った女は、ほんの少し目を瞠る。
「それ、昨日も聞いた」
「…聞いてたのか?何か、こっちの話が通じてたようには思えなかったんだけど」
「そんなことないでしょう?ひどいなぁ」
 由香里はやはり朗らかに笑い飛ばした。自覚、無かったのか、と、志月はほんの少し呆れ、だが何となしに納得もした。
 致命的な病気は最初のうちは、本人に自覚もさせずに徐々に体を蝕んでいくものだ。体も。そして多分、心も。
「…そうだな。そういうものなのかもしれないな…」
 由香里と自分は似ているのかもしれない。
 きっとそう時間も無く、自分達は、形は違っても死んでいくのだろう。
「何それ。…志月って変な人ね。」
 くくっ、と咽喉を鳴らすようにほんの少しだけ、由香里は笑った。
 最初から最後まで、あの殺人鬼は、あぁあして遠慮がちに笑うことしか無かった。笑顔を見るということは、結局最後まで無かった。
 …
 
 
 夢はただ甘く、酷く甘美で、期待なんかしなければいいのに、しないと生きていけない。死のうと思ってすら。なお。
 絶望するというのは。
 こんなにも難しいことなのか。
「…それとも俺が貪欲なだけかな…」
 唾棄した言葉は、アスファルトの上に跳ねるだけだ。ドライフラワーは、まだかさかさと落ち着かない音を立てている。
 思い出したのは、何かを捨てなければならなくなった瞬間のことで。

――持っても、あと、三ヶ月。

 宣告はまるで他人事みたいだった。意味を理解することは出来なかった。
「…は?」
「……もう、手の施しようが無い、と言ってるの。…あんた、何でこんなになるまで放って置いた?」
 顔馴染みの裏町の女医は、聞き返した彼に冷たく言い放つ。病院自体は何度か喧嘩しては世話になった場所で、だけど、その日その話をされた部屋は知らない部屋だった。冷たい白い病室ではなく、薄いブルーの、剥げかけた壁紙と、安っぽいソファのある部屋。消毒薬の刺激臭ではなく、ティーバッグで淹れた紅茶の匂いがしていた。
 志月はぼんやりと、目の前の女医を見る。見慣れた顔。今年で41になる、中年の女性だ。
「望むのなら大きな病院紹介するけど。入院する?」
「…入院…」
「………金なら、あたしが工面するわよ」
 ぼそりと言う彼女の声に、どんな感情が潜んでいたのか。
 思い出せない。そんな余裕も無かったし。
「未来ちゃん」
 女医の名前を呼ぶと、彼女は、不意に、顔を伏せてしまった。両手が顔を覆う。
「…未来ちゃん。俺、死ぬの」
「まだ死なない。だけど」
 その先を彼女は口にはしなかった。顔を覆っているから声はくぐもって聞こえたが、淡々とした調子で、感情を伺うことは出来ない。
 未来ちゃんはいつもそうだ。
 母さんが死んだ時も、親父が警察に連れてかれたときも、あんな声で喋っていた。
「…ったく、なんであんたんちはあたしにめーわくばっかかけんのよ…母子二代して…」
「……うん、ごめん、未来ちゃん」
「謝るな馬鹿」
「じゃあ、ありがとう」
「何よそれ」
「いや、今まで世話になったし」
 それは深く考えての言葉ではなかったけれど、そう口にすると、何だか鳩尾のあたりが重くなった気がした。
 未来が、馬鹿ね、と、呟く。やっぱり淡々と。
「んなことは死ぬときに言いなさい」
 全く、その通りだ。
 未来ちゃんはいつも正しいことを言う。
 ああ、違うかもしれない。
 いつもいつも自分が正しくないから、俺はそんなことを思うのかもしれない。
 生まれてこの方、正しいと思えたことなんか一回も無かった。正しいのは大抵が、未来ちゃんとか、父を連れて行った警察の人とか、そういう人たちで、自分が正しかったことなど一度も無かった。
 その未来ちゃんが死ぬって言うんだから、俺はきっと、その通りに死ぬんだろう。
 
 由香里のことに関してもそうだった。きっと俺は間違ったことをしたのだ。空が赤いねと口を歪めて窓の外を見上げている由香里を見ながら志月はそんなことを考えて咳きこんだ。気付く。ベッドに残っていた血の匂いは彼女の纏っていたものではない。自分の吐きだしたものだった。薬を飲んでいないと言ったら未来ちゃんは怒るだろうか、否、泣いてしまうかも。咳きこんだ喉が熱い。口の中に鉄錆びた厭な味が広がって、自分がまた血を吐いたのだと志月は気付いた。
「…参ったな、未来ちゃん泣かせるのはヤなんだけどな」
「未来ちゃんって誰?」
 カーテンを後ろ手に閉める由香里が首を傾げる。水っぽい黒髪が流れて外から零れて来る太陽の光を弾いている。外は晴天、高く抜ける青い空、どこに赤が混じるものか。だが志月は思う。由香里はあの空を赤いと言う。俺の言葉は大概間違っている。だったら空だって、そう、俺の見ている空が間違っていないって誰が証明してくれる。
「医者。俺のお袋のダチでさ、お節介焼きで。俺の面倒もよく見てくれ…た、よ」
 過去形を意識して口に上らせるとまた鳩尾の辺りがぎゅうと痛んだ。
「今は?」
「今は――うん」
 答えにならないことを口にして志月は鳩尾に手をあてた。
「俺は早く…」
 どうしたいんだろう。誰にも面倒を掛けたくないと思ったのは確かだし、未来ちゃんは俺の治療のこととか、色々気を砕いてくれるだろうけど、そんな命を永らえて、未来ちゃんの神経を擦り減らせてしまう俺が永らえて、何かいいことなんか一個だってあるんだろうか。わからない。志月は眼前の殺人鬼を見た。女の目は水っぽく黒いばかり。覗いたところで彼女の感情など見えはしない。見えるのは情けない面をした自分の顔だけだ。
「今日は空が赤いね」
 黒い眼の女は呟きながら執拗にカーテンを閉めようとしていた。僅かに出来た隙間からさしてくる太陽の光で自分が害されるのではないかと、恐れている風にも見えた。薄汚れたカーテンの隙間からのぞく空は目に痛いほどに抜けるように青い。
「由香里は、どうするんだ、これから」
「志月はどうするの、これから」
「…知らね。たぶん死ぬけど未来ちゃん泣くだろうけど俺もなんか死ぬのはヤだけどどうしようもないみたいだし。だったら何かもう面倒だしさっさと死ぬのもアリかなーって最近は」
「そうなの」
 殺人鬼は神妙な顔で志月の言葉を聞き届けてから、ぶらりと身体の横に無造作に下げていた左腕を持ち上げた。赤い訳の無い空から降り注ぐ光が容赦なく差し込んでその左腕に持った包丁をギラギラ輝かせていた。触れたら冷たくて気持ち良さそうだと微熱のある頭で志月はそんなことを考えている。
「死ぬのは厭?」
 空が赤い訳がない。赤いのは彼女の白い指の先だ。爪の間で凝った血は赤い。由香里の血ではあるまい、きっと昨夜訳も分からず殺された幼い子供の血なのだろう。
「ヤだよ」
「そう」
 志月の手も赤かった。自分の血で赤かった。何をどれだけ捨てれば楽に生きられるのかなと志月は少しだけ考えて、本当に少しだけ涙を零したが、呑気な殺人鬼はそれについては何も言わず、ただ無関係な――もしかしたらとても無意味なことを口にした。
「死んだら骨が残るの。とても辛いわ。何も残らなければ良かったのにね」
 少し首をかしげてそんなことを言った彼女は遠く遠くを見つめていた。赤い空の彼方の、死んだ誰かの遺した骨のことを考えていたのに違いなかった。


 由香里は夕方にふらりと消えた。その時刻の空は志月にも確かに赤く見えた。だがそれさえ正しいという確証は無い。包丁は台所で元に戻されていたので、志月はその包丁で野菜をバラバラに切り刻んだ。
 付けっ放しのテレビから緊急速報とかで緊迫した様子のニュースが流れる。
 この町のどこかで殺人鬼はまた幼子を殺してバラバラに切り刻んでいた。
 志月は微熱の続くぼんやりとした頭で由香里のことを考えながら包丁を置いた。由香里はどこに居るんだろうとそんなことを思っていた。こんなに空が赤いのに。俺にも空が赤く見えるこんな大事な時にどこに居るんだろう。
 もしかすると彼女はもうここには来ないかもしれない。
 そう思ってガスコンロに火を入れる。
 その方がいい。彼女は殺人鬼だ。関わっていいことがひとつだってあるはずがなかった。
 ――あなたは私がどこに帰るか、知ってるの。
 頼りなく彷徨うあの視線と言葉を思い出した。
 どこかで子供が死んで誰かが死ぬほどに悲しんでいるだろう。胸を裂かれんばかりに苦しんでいるだろう。あの殺人鬼はあのまま捕まってしまった方がいいのだ。その方が絶対に、正しいはずだ。
 そして志月はぼんやりと自分の死後のことに想像を巡らせてみた。
 突然の暴力に全てを理不尽に奪われた親達の嘆きには届かずとも自分が死ねば未来ちゃんくらいは泣いてくれるという気がしたが、それ以外に何も残らない事に思い至り、頭痛と共にその虚無感を受け入れる。そもそも生きていても死んでいても世間にとっては自分など取るに足らない――どころか、死んだ方が余程、マシな存在だろう。ああ何だ生きてる間に何一つ正しいことが出来ないのに、俺が死ぬのは正しいんじゃないだろうかと滑稽な気がした。そう考えれば世の中は存外うまく出来ている。他方であまりにも不平等で無慈悲で無秩序だった。自分の命を易々と奪ってくれる運命が、一方で、罪のあるはずもない子供達を、由香里のようにくだらない存在に弄ぶことを許している。
 由香里は何故子供を殺すのだろうと薄ら考えたがどうせ答えなどないに決まっていた。人を殺すに足る理由は幾らでもある。そしてそのどれもが、人を納得させるには足りない。彼の死に皮肉を見ることはできても、矢張り理由を見出すことが出来ないのと同じように。
 貧血だろうか。眩暈を覚えて志月はその場にずるずると座り込む。冷たい。むき出しの台所の床。目に映る擦り硝子の窓の向こうが赤かった――空がべたりと赤いのが厭で目を閉じて見たが瞼の裏さえ赤いので目を開けて瞬きを繰り返して、赤くて、空はべたりと平坦に赤く塗り潰されて死体のようで、擦り硝子のせいでぐにゃりと力なく歪んでいる。日差しが生暖かく皮膚を撫でた。潰れた日差しは触れても熱いというよりべたべたと生ぬるく、志月は訳もなく自分の吐いた血と朝見た殺人鬼の爪の間の凝った血のことを思い出した。
 足もとに落ちた包丁が鈍く夕陽を受けてぬらりと光っている。
 何をどれだけ捨てれば自分は楽になれるのだろう。
 志月はとうとう腹を押さえうずくまった。
 由香里は彼の部屋には帰って来なかった。どこかで空を見ながら呆けているのかもしれないしそれならばきっと直ぐにでも警察が見つけて捕えてそれで街をテレビを騒がせる事件を終わりにしてくれるだろう。もう泣く親も死ぬ子供も増えない。いいことだ、正しいことだ。腹を押さえたまま志月はそこまで思考して瞼を少しきつめに閉じて眼球を抑えつけた。鉄錆びた血の味が口の中をじわりと広がってこの味は正しいんだろうか。自分の口から零れている血は正しいんだろうか。空はべたべたと赤い。火照った身体に黄昏の空気とフローリングの床が冷たく心地よかった。
 この血は正しいのか。
 あの空のべったりとした赤い色は正しいのか。
 

 空は燃え上がるような赤だが降り注ぐ日差しは生ぬるい。日差しにあてられて血痕は既に茶色にくすんでいた。その真ん中で腹の中身をむき出しにされて腸を引きずり出された幼子がぽかんと空を見ている。黄色い腕章をつけた、テレビの中でしか見ないような青い服の、良く分からない道具を持った人々が、彼女の居た場所にテープを置いて場に遺された僅かなものを証拠と呼んで分別していく。彼女は引きずり出された自分の腸を見ながらその行為を眺めるともなしに眺めていた。空気が青くなる。空ももう、赤くはなかった。いや赤い。自分の眼球に血が入ったせいか。何もかもが赤い。スーツを着た男達に囲まれた彼女の母が顔を覆って泣き崩れている。悲鳴のような鼓膜を刺激する声は母のものだろうか。手を触れたくとも最早母には彼女の姿は見えていないだろう。そのことを自覚していた訳ではないが、彼女は物憂い気分で腸を引きずりながら立ち上がり、自分が最後に見た時には確かに赤かったはずの世界を見渡した。
 いつの間にか夜になったか、それとも眼球に入った血が流れおちたのか乾いたのか。世界は黒く転じていた。乾いた血の色に似ている、いや似ていない。どんな色とも似ていない。いや違う――色が、無い。
 その色の無い世界に、一人の少女が立っていた。彼女の姿を見る事の出来ない辺りの大人達と明らかに違う証拠に、その少女は真直ぐに彼女を見つめていた。
 少女の瞳の色は色の無い世界を嘲笑するかのように、そこだけ一点が、虚飾じみた青。硝子玉で作った玩具の宝石のような安っぽい青だった。
「悲鳴か。それもまた世界を切り裂く」
「――あなた、だれ?」
 黒い長い髪の毛を引き摺るようにして少女は一歩、彼女に近づいた。色が無いせいでただただ白く見える細い指が幼い少女の頬に触れる。冷たくもなく温かくも無い、夕暮れの日差しのような乾いた感覚だけが、幼子の頬に残った。
「死にたくなかったんだね」
「痛いのは厭」
「そうだね。でも痛かった」
 思い起こして泣きそうになる幼子に、それでも馬鹿げた青い瞳を向けたきり、少女は何一つ同情も共感もして見せない。
「僕は、“そういうもの”だよ」
 青い瞳の少女は笑みもせずただ事実を告げて、空を見遣る。誰かが今も落ちている空、モノトーンの。青くもなく赤くもない。それゆえにどちらでもある。色の無い空。
「君はどうしたい」
「しにたくない」
 吐き出された言葉に熱量は無かった。ぽとりと落とされた一点の染みのようだった。青い瞳の少女は無言で幼子を見下ろしている。熱量の無い言葉は意味を持たない。持てない。だが落とされた言葉が消えることも無い。この場所はそうして引き裂かれたまま、未来永劫、引き裂かれたままであり続ける。
「どうして、どうしてあの子が――どうして――こんな――嘘――」
 途切れ、途切れ、色の無い世界に染みのような嗚咽が響く。白茶けた乾いた血に塗れた幼子のものではない。彼女の言葉にあれほどに狂おしい熱量は最早ない。慟哭はこの世界には居られないはずの、娘を引き裂かれて喪った母親のものだ。
 あの女性がああして悲鳴を上げる限り。
 この場所は永劫に、引き裂かれ、歪なひびを、その隙間に腸を引きずり出された幼子の死骸を曝したまま、ひび割れたままであり続ける。
「…意味はない。君の死にも。彼女の行為にも。あの母親の慟哭にさえ。意味など無い。あるはずがない」
 幼子がぱくりと乾いた血のこびりつき固まった瞼を開ける。
 ぱくりと口を開く。
「――ならばなぜ、あなたはそこにいるの」
 先程の娘の乾いた熱量の無い言葉とは別人のような、熱を帯びた声が問うた。
 青い瞳の少女は、そっと笑った。慈愛深く、しかし何の意味も見出せぬ、ただそういう記号を張り付けただけといった風の笑みであった。それゆえにそれは優しくも見え、酷薄にも見え、無意味であった。
「さて――誰が僕を生み出したんだろう。君ではない。君は、彼女の引き起こした無為な行動の余波に過ぎない――さて――では彼女が。違う。彼女ではない。いや。彼女だ」
 意味のある言葉ではない。
 意味のある言葉であるはずはない。
「ユカリ」
 固有名詞に載せられた意味さえもが青い瞳の少女の口に浮かべば、消失する。
 意味は、あったのかもしれなかった。



 由香里は何を思ったのか深夜に突然、志月の部屋に姿を見せた。警察はまた彼女を捕えられなかったらしい。瞬間、志月の脳裏に警察へ連絡を、という思考も浮かんだが、志月は結局それを無視した。そんな正しい事は、自分のすべきことではないと断じたのだった。
「…どうしたんだよ」
「うん、ふふ、どうしたのかしらね、うふふふふははは。はははは。あはは」
 志月が扉を開けて深夜の訪問者に問いかけると、訪問者の方は壊れてしまっていたようで、額を抑えて何かを堪え切れないように笑っていた。どこで何をして来たのかなどと志月は問いもせず知りたくも無かったが、玄関で笑う女の姿は否応なしに目立つ。二の腕を掴んで部屋へ引きずり込もうとして、志月は触れた腕の冷たさとがさがさとした感触にぞっとした。黒い服を着ていた由香里の二の腕には血が、
「――どうやってここまで来たんだ」
「空が赤いんだもの、だって、赤いの」
「…よく…捕まらないよな…こんなんで…」
 乾いた血は匂いも温度もない。ただがさがさと触れると鳥肌の立つような感触を伝えて来る。目の前の女の血ではない。どこかで罪もないのに殺されてしまった幼子のものだろう。黒い服に紛れて目立たなかったのか、こんな状態でも由香里がうまく人目を避けていたのか、志月にはこんな姿の彼女がここまで咎められずにやって来られた理由が分からない。わかるのは目の前の女が――壊れているという事だけだ。どこが壊れているのかまでは志月には分からない。志月だって壊れているのだから、壊れていないものと壊れているものの区別なんて判断できる訳もない。それでも志月は目の前の女が壊れていると思った。彼にさえそう判断出来てしまうほどに、最早、致命的なまでに、目の前の女の存在はひび割れていた。ひび割れて、
「…?」
 志月は自らの視界にふと違和を覚えた。
 ひび割れている。
 目の前の女は鼻筋の辺りからひび割れて、その顔に走ったひびから、白い指が覗いている。眉間の辺りからぬぅと、確かに、白い指が。見える。
 ――空が。

 ――――赤い。

 言葉もなく。身じろぎさえ出来ない。ここは人の認識も言動も全て通用しない場所だ。マンションの自室の玄関に立っていたはずだったのに、志月はただそれだけを理解した。深夜の空は街の汚れた空気と月星を人が真似て作ったネオンをはじき返して薄く汚れて赤い。赤い。暗い。黒い。
 由香里の顔面には走った亀裂は割れて彼女の頭を二つの断片へ転じた、断面は黒く黒くどんな色もしていない。色が無い。
 その色のない断面からのぞく、白い、ただ白く見える指が、一本、二本と増えていく。ぞろりと、亀裂を広げていく。
「ほら、君が、」
 黒い髪と。細い顎。整っているようで人形のようで、人がましい形をしていながら、人には到底見えない何かが。覗いている。彼を見ている。青い目をして。
 色の無い断面からずるりと姿を現したのは一人の少女の形をした何かだった。立ち上がり、志月をじっと見る。その瞳だけが底抜けに青い。辺りの色彩は一切合財消えて見えるのに、色が無いのに、そこだけが、何もかもをあざ笑うように馬鹿げて青い。安いプラスチックの玩具のように青い。
「…ひび割れている、などと思ってしまうから」
 ぱくりと二つに割れた由香里は、由香里のような何かは、二つに割れて真っ黒で色の無い断面を夜に曝したまま、てんでバラバラの方向へ倒れると、冷たい廊下の床に激突する直前、冗談だったように唐突に消えた。何もかもが冗談だったように、それをじっと言葉もなく見つめる志月を馬鹿にするように。
「君だってひびだらけで壊れかけているのに『ユカリ』を見てしまうから」
「…」
 声はない。眼前の光景を理解も出来ない。志月は思った。とうとう何もかもが壊れたのか、と。
「少し違う。君が望むほどに君は壊れても狂っても間違っても居ない」
 少女はこともなげにそう言いきった。
「…お、お前は…誰だ、何だ?」
「僕に名前はない。強いて言えば僕はノイズ。世界に奔るノイズ。人と世界との亀裂に生まれるもの」
「っ、意味、が」
「分からない?」
 少女は笑ったがその笑みまでが作り物めいていて、その人間染みた仕草がかえって彼女を人ではないものだと顕著に語っていた。
「僕に意味はないよ。世界に意味がないように。いや、人が意味を求めてしまうから、なまじ意味を探そうとしてしまうから、だから僕が生まれるのだと言うべきだね――」
 それから彼女は何かを考えるように首を傾げて見せた。もちろんそんな仕草にも意味はないのだろう。
 彼女自身が語るところによれば、そこに意味を見出してしまうという人の意識の動きそのものが、彼女自身の正体であるということになる。そこまで判断して志月は考えるのを止めた。もう、意味なんかないじゃないか、何もかも、この俺の身体はこの少女の言うようにひび割れ壊れかけて今にも崩れてしまいそうだ。だったら意味なんか。
「――違うね。君だって意味が欲しいんだろう。だから君は、僕の姿を見ているんだ」
 彼女の言葉は断罪のようだった。容赦もなく暴き立てる言葉に胸を突かれて、ああ、そんな言葉に意味を見出すなんてことも無意味なのに、志月はそれでも顔を上げてしまう。そして見た。目の前の青い瞳が猫のように人のように月のように笑っているのを見た。白い指がついと彼の頬に触れる。触れたという感触さえ希薄だった。
「君が僕を見てしまった、ということは――そういうこと、か、最早僕は消えることも叶わないのか」
「お前、消えたいのか」
「…さて」
 彼女は笑う。人のように。まるで人のように。
「どちらだろうね、僕が消えても一度できた亀裂が埋まる訳ではないからね――」
 ふふふ、と、本当にどうでも好さそうに少女は笑った振りをした。
「妙な話だ。彼女は意味を求めてこんなことを始めたのに、人を殺すなんて真似を始めたのに」
(由香里の…話、か?)
 どこかを見ているようで多分何も見えてはいない、玩具の宝石のような青い瞳が、由香里が赤いと言った空を透かす。
「――なのに、殺人を繰り返せば繰り返すだけ、意味からどこまでもどこまでも遠ざかるばかりで、もうどうしようもなくなって、彼女自身が無意味なモノになり下がってしまった。ああなるともう駄目だ。彼女にはもはや、亀裂が無い。壊れてしまったから、ヒビなんか入りようがないくらい壊れてしまったから」
 由香里の中の致命的な破滅。それは、確かに先程、志月が彼女の笑みの中に見て、理解してしまったものだ。彼女はもう――何と言えばいいのか、こちらの世界に留まってさえいない、と、志月は咄嗟にそう感じたのだった。彼岸の向こう側へ去ってしまって、もう二度と戻っては来られない、それくらいに徹底的に壊れてしまった。
 何が彼女をそうさせたのかは、志月は、知らない。
 でもきっと、彼女は、朝見たようなあのまともな人間みたいな笑顔を浮かべることはないのだろうと、彼はそれだけはっきりと悟った。
「だから僕も、消えるのだろうと思ったのだけれど。小さなヒビを残して、この街はゆっくりと元の状態に戻るのだろうと思ったのだけれど」
 黒いワンピースが白い脚に纏わりついて踊る。色の無い世界で本当に真っ白な指先がすいと、志月の頬を撫ぜた。志月は顔を上げられない。至近距離であの馬鹿馬鹿しい青い瞳を見たら、見てしまったら、自分でも得体の知れないものに呑み込まれてしまいそうだった。
 次いで、声が。
 耳元で響いた。

「――君が次の亀裂の主という訳だ」

 少女の声はこの時間違いなく例え難い愉悦に充ちていた、と志月は思う。
 人がましい人のような人染みたあの存在はその囁きの瞬間、間違いなく、心の底から笑っていた。



 その日の夜、志月は由香里を抱いた。
 壊れて狂って、目の前の現実を理解してさえいない、女を抱いた。
 微かな喜悦の声を漏らした後、彼女は笑いながら、こう呟いた。
「さようなら志月」
「…ああ。さようなら由香里」


 そして翌朝、早朝、誰も居ない時間、空が朝焼けで真っ赤な時間。
 ――由香里はマンションの屋上から飛び降りたのだ。

 空から大きな花束が落ちてきたみたいだった。
 マンションを出た志月の目の前に、図ったようなタイミングで由香里は落ちて来たのだ。ぐしゃりと肉が骨が壊れて潰れて混じり合う水気を含んだ音がして目をあげたらそこに由香里だったものが笑いながら壊れて落ちていた。アスファルトの上を血が流れる。衝撃で眼窩から押し出されぐにゃりとした眼球が自分を見ていることを理解して志月は微笑んだ。さようなら由香里。多分志月はこうなることを理解していたのだ。
 そして自分が何を成すべきかも志月は知っていた。落ちて壊れて肉の塊になったぐにゃぐにゃと重たい由香里だったものを抱きかかえると、志月は辺りに人が居ないうちに、それをマンションへと持ち込んだ。
 空は赤かった。気が狂いそうなくらいに真赤だった。


 ドライフラワーを抱きしめる。
 ――腐臭の立ちこめる室内にそれを投げ込んだ。由香里だったものには蛆が湧いて皮膚を喰い破り肉へと潜り込んでいる。ドライフラワーには匂いもなくかさかさと音を立てるばかりで、死んでいる癖に色だけが鮮やかだ。
 志月はそっとその腐って壊れた肉体の傍に膝をつく。目に染みるような異臭が彼の周りに纏わりつく。だがそんなことには委細構わず目を閉じた志月は、その腐肉に口付た。蛆が蠢く。彼はそれを羨望を持って眺めていた。
 ドライフラワーをその場所に落とす。
 代わりに血と肉が絡んで汚れて錆びて最早用を成さなくなりつつある包丁を掴んで、彼は部屋を後にする。

 街の殺人事件はまだ、終わらない。
 殺人者は気の狂った女から、狂った男に入れ替わり、挿げ替えられ、噂だけが流れ、殺人事件は終わりを見せない。
 これからまた街のどこかで罪もない子供が殺されるだろう。腸を引きずり出されて無残な死体を晒すだろう。

 



 
 
 ――以下は事件関係者によるレポートである。「ジャック・ザ・リッパーの恋人」「伝染する殺人病」などと世間で取り沙汰された一連の事件の終幕がどのようなものであったかは読者諸君の記憶にも新しいだろう。ここで述べるのはその狂った喜劇の舞台裏。意味など無い。何一つ、意味など、あるわけがない。
 しかし我々ノイズ対策班は、以降、同様の事件が起きる事のないよう、戒めとしてこの事件の記録を残すものとする。「ノイズ」「青目」と呼称される個体によって引き起こされた被害としては近年稀に見る大規模な事件であった。



 一人目の殺人者――弓狩シゲル。
 彼が殺した数は一人である。小児性愛者であったと推測される彼は性的いたずらを目的に国枝サユリを誘拐、暴行の後殺害。腹を切り裂き内臓をばら撒いた状態で被害者は発見され、「ジャック・ザ・リッパーの再来」とメディアに大きく取りあげられることとなる。弓狩は一度は捜査線上に上がるも前科のある容疑者が他にも数名いたため見逃されていた。
 事件発生から一カ月後、弓狩はマンションの屋上から何者かに突き落とされ死体となって発見される。
 
 二人目の殺人者――国枝由香里。
 彼女が殺害した人数は八人に及ぶ。国内の連続殺人犯としては異例の数と言えるだろう。また女性の猟奇殺人者という点においても、世界的に見て非常に稀なケースとなった。
 名から推測される通り、彼女は最初の事件の被害者・国枝サユリの母親にあたる。国枝家は早くに夫を亡くした母子家庭であり、母と娘の絆が強かった分、娘を惨殺された事件の衝撃は大きかったらしい。葬式中に、火葬にされた娘の骨を錯乱状態で食べようとした彼女の姿は大勢の人間が目撃している。
 証拠不十分のため確定していないが、恐らく最初の殺人者・弓狩シゲルを殺害したのも彼女ではないかと推測される。
 殺人事件の発生から数カ月後、「三人目」となった志月縁のマンション屋上から自ら身を投げ死亡。
 自殺・他殺・事故の全ての可能性があるが、こちらも証拠不十分のため、証明できず。
 「青目」による殺害という説もあるが、当該個体が直接「こちら側」へ干渉することはほぼ不可能のはず。保留。

(調査員のものと思しきメモが貼りついている)
・ノイズ発生のメカニズムはまだ確定していないが、「意味を求めるものの前に彼女が現れる」という証言があることから、恐らくこの国枝由香里による殺人は、「娘を殺害された」という事件の「意味」を求めた結果引き起こされたものではないだろうか。無意味な事象に対して執拗に意味を求めた彼女の行為が「ノイズ」を引き起こした?
・以下は推測であるが、殺人を繰り返すことによって、国枝由香里は、彼女自身の求めた「意味」――「娘の殺害された意味」から逆に、遠ざかってしまったのではないだろうか。連続して引き起こされた殺人の為に、殺された彼女の娘の存在感は世間にあっても希薄になりつつあった。


 三人目の殺人者――志月縁(えにし)。
 彼が殺害した人数は三名、いずれも幼い子供。彼は国枝由香里が死亡する数日前から、国枝由香里を自室に匿っていた。
 事件発生から一カ月後、元々患っていた病の為に死亡。死後、彼の部屋から腐乱死体となった国枝由香里が発見されている。

 ここまで来ると「ノイズ」は完全に新たなターゲットを見つけたとしか思えない。恐らく当該個体は、街に流れ始めた噂話に目をつけたのではないか。即ち。
 
 
 
 


「ねぇ、聞いた? 犯人見つかったんだって、死んじゃってたらしいけどさ」
「怖いよね。でも、変な噂聞いちゃった」
「あ、あたしも聞いた。…何だっけ、実は殺人犯が複数居るとかいう話だよね」
「そう、最初の一人は『弓狩』って名字で、二人目は名前が『由香里』――」
「三人目は違うんでしょう?」
「でも、『縁』って、『ユカリ』とも読むよね…」
「え、嘘、やだ…偶然にしたってなんか気味悪いよ、ねぇ? ――どうしたの、」

「どうしたの、紫(ユカリ)」


 名を呼ばれた少女は薄ら寒い笑みを口元に浮かべて顔をあげ、手をカバンの中に突っ込んで無造作に引っ張り出した。
 その手には包丁が握られて――――




09/3/29