Princess Brave!
僕が転がって村の方へ向かった時、黄金色をした麦畑の中央には真っ黒な獣が居た。太陽は中天にあってこんなに明るいのに、そこだけ影が凝ったみたいになっている。ゆらゆらと輪郭が揺れるせいで姿は定かではないが、形は四足の獣のようだった。とても巨大なそれはウォォォ、と、耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げて、麦を踏み、柵を爪で破壊し、まるで何か、子供が地団太を踏むような、凄まじい暴れ方をしていた。
真っ先に末姫様が。次いでウィズが、その影の獣に向けて飛びかかる。
「うぉりゃああああ!!」
気合い一閃、姫君らしからぬ咆哮と共に、末姫様のハンマーが獣の前脚をなぎ払う。影のような、実体を持っているのかどうかも怪しい獣だったが、末姫様の一撃に影が払われ、瞬間獣は体勢を崩した。そこへウィズが追撃、恐らく先程と同じくカマイタチによる攻撃だろう。ざっ、という音と共に、獣はバラバラに切り刻まれた。――が。
やった、と思ったのも一瞬、次の瞬間には影は元の形を取り戻していた。
「…ふん、やっぱり力づくじゃあ駄目ってことか」
「分かってんならお前、人の畑で暴れんなよ!! ちゃんと畑の人に弁償しろよその踏みつけてる麦!!」
「あら、ごめん遊ばせ。…あたしはどうもその辺りの感覚が無くって駄目ね」
ウィズの声に我に返った末姫様はふわりと一礼。その横をリサさんが駆ける。長いメイドさんのスカートというハンデを露も感じさせない。末姫様も大概、ドレス姿で大立ち回りをなさるけれども、彼女の場合は、裾さばきといい、実に堂に入ったものがあった。彼女は末姫様とすれ違いざまに小さく礼をすると、獣に向けて皮手袋をした右手を振るって、振り下ろされた前脚をずたずたに引き裂いた。流れるような一連の動作。
そうして彼女は、獣が再び再生をしようとしているのを見ながら、
「フィーナ殿下、御付の魔術師殿のお力をお借りしても」
その問いに、末姫様はちらとウィズを振り返る。ウィズが応じるようににやりと笑った。
「俺の命なら、どうぞお好きなように、プリンセス」
「だ、そうよ。リザルス・リレイン。アレの命は好きに使いなさい。あとあなた…どうせいずれ公爵家に嫁ぐんでしょ、人の遣い方ってもんを心得ておきなさいな」
「あなたまでそのような戯れを仰りますか、殿下」
ふぅと小さな溜息をつきつつも、リサさんはぼさぼさの長い黒髪を翻して獣の爪をかいくぐり、黄金色の麦の中へと突っ込んで行く。
「ウィズ殿。あの獣を吹き飛ばして、ここから別の場所へ移動させることは可能で? この上、畑に被害を出したくありません。村の広場か、森の方にでも遣れれば上等なのですけれど」
リサさんがぐいと右手を引きながら言う。明るい場所で見れば、その手の先からきらきらと何やら細いものが光を弾いているのが分かる。極細のワイヤーだ。――リサさんの得物は、どうやらあの細いワイヤーらしい。
「ん、ああ。出来るぞ、任せとけ。だがあの魔物、どうも…」
ウィズは鼻をひくひくさせた。あの時の、末姫様と図書館で再会した時と同じ、鼻の頭に皺をよせて彼は呟く。呟きは本当に小さく独り言のようで、だから、リサさんには聞こえなかっただろうと思う。
「――呪詛だな。プンプン臭いやがる」
彼の言葉に末姫様だけは瞬間、怪訝そうな表情を浮かべたが、それどころじゃあないと判断したのだろう。ハンマーを担いで、獣の後を追うリサさんの背に声をかける。
「あたしもフォローした方がいいかしら、それとも後方で警戒してた方がいい?」
「殿下、――仕方ありませんね。警戒を」
恐らくリサさんは、「殿下のような方にそのような危険なことはお任せできません、下がっていてください」とか言いたかったんじゃないだろうか。それでも途中でそう頼むことにしたのは、そうでもしないと末姫様がハンマー振り回しながら乱入しかねないからだ。彼女は下がれと言われて素直に引き下がるほど可愛い性格ではない。加えて魔法を使って戦う場合は、どうしたって壁役の人間が必要になる。末姫様はそう言う意味でもうってつけの人材だった訳だ。
「じゃ頼むわよ、リサ、ウィズ」
「任された」
ウィズが軽い調子で言って、その場でぐっと腕を伸ばした。深く息を吸って目を伏せる。末姫様はそのウィズに向けて振り下ろされた獣の爪をなぎ払い、そのままの勢いで獣の鼻先――といってもどこが顔だかよく分からないが、多分頭だろう、と思われる位置を蹴りあげ、その感触に口元を歪めた。
「気持ち悪っ」
僕は触れていないのでよく分からなかったが、後に末姫様語ったところによると、「泥を殴ってるみたいでまるで手応えがなかった」そうである。
末姫様はそのまま、獣を蹴った反動で着地すると、そのままウィズとは反対の方向へと走り出した。といってもあまり距離を取りすぎずに適当な位置で足を止める。影の獣は末姫様を有害な相手とみなしたか、ぐるりと、頭を欠いた姿のままで末姫様の方へと向き直った。動きが遅いのは全身を縛りつけているリサさんのワイヤーのせいだ。
「フィフィ、避けろよ!!」
その魔物に向けてウィズがびっと人差し指を突きつける。
――指をさす、という行為はそれ自体が呪術的な意味を含む。ウィズのその仕草に呼応するみたいに辺りの空気がざわついて、僕は全身の毛を思わず逆立てた。
「転じろ! 風は淀み、大気は巡り、嵐と成せ!」
それまで一度も呪文なんて口にしなかったウィズがそう、呪文めいたものを口にしたのは、かなり大きな規模の魔法を使おうとしたからだろう。そして実際、麦畑は、黄金色の麦の穂が一斉に渦を描いてなぎたおされるくらいに大きな風の塊に見舞われた。黒い獣は足を踏ん張ってそれに耐えたが、リサさんがぐいと右手を引いてワイヤーを動かしたために、四肢が千切れ飛び、魔物は踏ん張る足を失って、巨大な風の塊に吹き飛ばされる。
「よし、森へ飛ばした!!」
ひとつ息を吐きだして、ウィズはごうっと大きく吹いた風に負けぬように声を張り上げる。
「感謝を、魔術師殿。――殿下、追撃をしますので、お手をお貸し願えますか」
「愚問ね、口にするだけ時間の無駄よ!」
リサさんの問いにそう返しながら末姫様は既に森へ向けて走り出している。ウィズが無言でその後に続き、リサさんはメイド服の長い裾をさばいて感謝を示すように軽くその場で一礼すると、末姫様を上回るスピードで駆けだした。
僕も慌ててころころと三人の後を追いかける。
黒い影は木々をなぎ倒して、村外れの森の中に落っこちていた。先ほど引き千切られた四肢は既に再生が始まっていて、うおおおおん、と大きな悲鳴を上げながらその場で暴れている。――その暴れようときたら、陸に揚げられた魚が跳ねまわるかのような無茶苦茶なものだった。ただ死に物狂い、というのとは少し違う。最初の印象でも触れたように、それはまるで、幼い子供が地団太を踏んでいるかのような、そういう暴れ方だった。
「ねぇこれ、どうやって倒すのよ。潰しても再生するし、魔法もあんまり効いてないようだし」
ハンマーを担いだ末姫様がその姿を見、油断なく間合いをはかりながらもそう問いかける。リサさんが眉根を寄せた。
「申し訳ありません。調査はしていますが、…ある程度暴れ回った後、魔物は消失し、しばらくは姿を見せなくなるという以上の情報は、まだ得られていません。恐らく何か元凶があるものと推測されます。元凶を断たなければ、この魔物は延々と村を荒らし続けることでしょう」
「元凶だの何だのって、まどろっこしいな」
鼻を鳴らしたのはウィズだった。面白くもなさそうに魔物を見下ろす瞳に陰りを見たのは僕だけだろうか。
「再生が追いつかねぇくらいにぶっ壊せばいいだけの話じゃねぇのか、要するに」
一歩。ウィズが踏みだす。四肢の再生をいよいよ終えて、魔物は立ち上がろうとしていた。一本の若木が暴れた魔物の尾に叩き倒される。
「お前ら、ちょっと下がってろ」
魔物の黒い姿を睨み据えるウィズの瞳が木陰の中でぎらぎらと金色の輝きを放ち、彼の長い髪の毛がざわりと色を転じた。黒に見えるくらい濃い藍色から色を薄め水色に、灰色に、そして銀色へ。ふわりと長い髪先が浮き上がり、僕はピリピリとした気配に思わず小さく鳴き声を上げて末姫様のかげに入り込んでしまった。
「あれだけの再生力があるのに。方法があると言うのですか」
「まぁな。…ここなら周りを多少巻き込んでも心配ねぇし、全力で当たれば、二度と再生できねぇくらいにブチ壊せるぜ」
軽くそう言うウィズには自信が垣間見えた。彼は自分を「有能な魔法使い」だなんて臆面もなく言ってのける人物だし、自分の力にはどうやら結構な自信があるみたいだ。やっぱり「原種魔族」だなんて呼ばれてるのは伊達ではないらしい。単に希少な存在ってだけではなくて、本当にすごい魔法使いなんだろう。魔法のことが分からない僕や末姫様にはいまいちピンと来ないのが難点だけども。
「…あなたの扱う精霊は…」
一方、魔法使いであり、精霊の見える魔族体質であるリサさんは、そんなウィズに何か問いたげに言い掛け、けれども結局何も言わずに口を噤んでその場を下がる。
ウィズが人差し指で再度魔物を指差した。かさかさと辺りの落ち葉が、ウィズに呼応するように舞い上がっている。
動き出そうとした魔物はそのただならぬ気配を察したのだろうか。鋭い爪の伸びた前肢をウィズに向けて振りかざしたが、その黒い輪郭にきらりと光るワイヤーが巻きついて動きを封じ、末姫様のハンマーがそこへ振り下ろされる。輪郭は砕けて霧散し、ウィズの声は変わらず朗々と森に響いた。
「万物流転(キッシング)。何もかもが流れて転じ、姿を変える。お前も姿を変えろ、呪詛によって成る獣! 流転の定めは全てを呑む!」
自負と、傲慢なまでの誇りに満ちた声が容赦なく魔物を打ちすえる。言葉自体に何かの力があるみたいに獣がびくりびくりと身を震わせた。だがまだだ。まだ暴れ足りないようにおおおん、と獣は咆哮をあげている。動きは目に見えて鈍ってはいるんだけど、決定打が足りていないのか。ウィズが忌々しげに舌打ちする。
「ああ、『桜花満開(ブレスド)』の属性だな。くそめが、『万物流転(キッシング)』と真逆の力…やりづれぇったらねぇ」
独り言をそう吐き捨てたウィズの頭上へ、暴れる獣によって折れた太い枝が落ちて来る。舌打ちをしてウィズはその場をとびずさった。その拍子に彼の仕掛けた魔法は霧散してしまったようで、獣は再び力強く落ち葉を踏み抜き一声吠える。
リサさんがその姿に慌てたように、手をぱしんと打ちあわせ高らかに声を張り上げた。ハスキーボイスは森の中でも朗々とよく響く。
「そこに座してその頭を重く垂れなさい。ここは王者の椅子の前、何人たりとも面をあげることは許さない――大地より出でて全てを結びとめる、お前の名前は<万有引力>(プリンキピア)!」
呪文と動作。彼女の放った魔法が、獣の動きを押しとどめた。感覚的にだけど、人よりは多少敏感な僕には集まってきた精霊の気配が分かる。皮膚に触れる圧迫感に息をつめた。
精霊に鈍感な末姫様ですら、驚いたように足を踏ん張って、それからじりじりと後退していく。
擦り切れる金属のような耳障りな悲鳴をあげて、けれど獣はその場で身動き一つ取れない。獣の周辺の木々も魔法に巻き込まれたか、次々と倒れて行く。
「申し訳ありません、わたくしの魔法は破壊には不向きなもので、こうして動きを止めるだけで手一杯で」
…いやいや。なんか大人二人がやっと囲めそうなくらいの太い木の幹が紙細工みたいになぎ倒されてるんですけど、この惨状で「破壊には不向き」ってどの口が仰るんですかリサさん…。
「……こ、この状態で、ウィズがさっきのあの大魔法をぶつければ、コイツ倒せるんじゃないの?」
「ですが」
瞳はひたと魔物を見据えて、歯を食いしばりながら――多分あれを抑えておくのは相当に苦しいことなのだろう――リサさんが、唸る。
「わたくしの魔法は、精霊さえも重さで潰してしまいます。いくらウィズ様の魔法でも、わたくしの魔法の中心に居る魔物にまで届くかどうか」
「成程ね、千日手って訳か」
獣を留めることは出来てもこちらからの攻撃も通用しない。末姫様は溜息をつく。
「あなたの魔法はどうやら重さを変化させてしまうらしいわね。さっき、あたしも危うくハンマーの重さに潰されるとこだったわ。…つまりあたしから攻撃することもできない」
「ああっ!? わたくしとしたことが殿下を巻き込んでしまうなんて…も、申し訳ありませんんん!!」
リサさんが青くなった拍子に、獣の爪が空を薙いだ。その力たるや風圧だけで末姫様やリサさんの頬に赤い筋が走ったほど。
「謝罪は後でいいから今は集中して、リサ!」
ぴしゃりと言われてリサさんが慌ててまた視線を戻す。暴れていた獣が再び地面に、見えない何かに押し潰されるように倒れ伏した。その様子を横目にしながらウィズがすぅ、と息を吸い込む。銀色に転じた髪の毛は、木漏れ日の中で息を飲むほどに美しく見えた。メイドさんが丁寧に丁寧に磨きあげた直後の、ぴかぴかの銀食器みたいだ。彼の瞳が金色なので、まとう旅装は襤褸であっても、それだけでひどく豪奢に、僕には思えた。
三度。彼は人差し指で魔物を指し示す。
ウィズはにやりと笑って言った。
「リサ。全力であれを押さえつけておけ」
「――何か策があるの」
リサさんではなく末姫様の問いかけに、ウィズはきっぱりと強い口調で断言する。
「言っただろ、俺は有能なんだよ。要はあれだ。リサがアレの周りを<重さ>で潰してるってんなら、それを俺の魔法が力尽くでぶちぬきゃいいだけの話だろ?」
リサさんがはぁ、とかいささか間抜けな声でそれを肯定する。ぽかんとした表情を見る限り、間違ってはいないが相当無茶なこと言ってるんじゃないだろうか、ウィズは。
「まぁ見てろって。完膚無きまでに全力で、二度と再生できねぇくらいに叩き潰してやるから」
ウィズの口調は相変わらず傲慢で自信たっぷりだった。
「信用しますよ、殿下の御付の方!」
リサさんが腕をぐっと伸ばす。一度目を閉じて呼吸を整え、彼女は長いスカートが汚れるのも構わず落ち葉だらけの地面に膝をついた。跪いて祈る所作にも似ている。
「全力で潰します。殿下、どうか間違ってもお近づきにならないよう」
「分かってるわよぅ」
いじけたような声で末姫様がお答なさったのは、自分に出来ることが無いことへの苛立ちからだろう。
二人の魔族に挟まれて、魔物が最期のあがきと言わんばかりに咆哮をあげ――
「コイツでとどめと行こうぜ。呪詛の残滓よ」
瞬間。僕の耳に、ひどく陰鬱なウィズの声が聞こえた。
目に見えて魔物の身体が、ぼろぼろと崩れていく。四つ足の先から輪郭がまるで腐った果実みたいにぼろぼろと。末姫様が隙なくハンマーを抱えたまま、行ける、と小さく呟いた。リサさんが驚いたみたいな目をしてウィズを見ている。その口から思わずと言った風に感嘆の声が漏れた。
「――凄い。ここまでの魔法使いが、王国内に居たなんて…」
魔物が身をよじるが、それは最早先程までの脅威を感じさせないモノになっていた。足を、尾を、頭の一部をも失い、魔物がいよいよ消えようかというその時。
最初に反応したのは、誰あろう末姫様だった。
「ウィズ!」
切羽詰まった声をあげて、末姫様が地面を蹴る。ウィズにタックルを入れて彼を地面に引き倒し、末姫様は倒れかけた無茶な体勢のまま、ハンマーを大きく振った。がしゃん――最近どこかで耳にした軽い破壊音に、僕は目を瞠った。
「何しやがっ…」
文句を言いかけたウィズが見たのは、二日前に骨折したばかりの肩を庇うように、利き腕とは逆の手でハンマーを構える末姫様と。
――木々の落とす影の中、がしゃがしゃと音を立てながら出現した、白々とした無数の骸骨の群だった。それだけではない。木々の上から、音もなく着地した巨大な影は、矢張りつい最近目にしたばかりのものだった。
馬ほどもあろうかという巨大な体躯に群青の毛並みの狼。
そしてその上に騎乗する、黒いローブ姿の人物。
「悪いね、オヒメサマ。…そいつを殺させてしまう訳にはいかないんだよ」
低い男性の声だった。ローブの下からは、深い深い、黒とも見紛うほどに深い、常緑の葉のような深緑の瞳がこちらを覗いている。
「やれ、レギオン。群を成せ」
彼の命令はシンプルにそれだけ、たった一言だった。その一言に応えて、骸骨の群れが一斉に武器を構え、末姫様へと殺到する。手負いの末姫様がそれでもしっかと前を睨み据えて、ハンマーの柄を握り直す。
その前に。
ウィズが、立ちはだかった。
「馬鹿姫め。このお転婆め! 俺は治療が苦手なんだって、言ったじゃねぇか!」
「…知らないわ、よ。それより何の真似なの。ウィズ、あなた、魔法使いなのに、前衛が務まるとでも思ってるの?」
ウィズを押しのけて自分が前に立とうとする末姫様を、ウィズがきっぱりと制した。
「あいつらの正体が分かった」
「スケルトンでしょう?」
「違う。――あれはレギオンだ、悪魔だ。…つまりあそこに居るのは、悪魔を従え使役するもの――」
狼の上から、愉快そうな声が降ってきた。
「御名答。でもそれが分かったところで、君に何ができる、原種の少年?」
悪魔? といささかぽかんとしている体の末姫様を無視して、二人が火花でも出そうな様相で睨みあう。ウィズはそうしながら、挑むみたいに笑った。
「<悪魔遣い>が111年もたってもまァだ生きてやがったとはな、てっきり<蒐集騎士>に殲滅させられたと思ってたぜ?」
「…僕は<魔女>だ。悪魔遣いという名称は僕らの嫌うところだと、知っていて口に出したのならば」
狼の上で骸骨の群れを従えたローブ姿の人物も、笑う。こちらはウィズのそれとは違ってひどく穏やかにさえ思えるような、優しくすらある笑みだった。だがそれゆえに恐ろしい。こんな場所で、まるで戦場みたいな場所で、あんな風に笑えるなんて。
――まるでその様子は、戦場が故郷だとでも言わんばかり。
「覚悟はできているんだろうね、原種魔族」
「…俺の目の前でフィータそっくりの女を傷つけたんだ。そっちこそ腹括りやがれよ、<悪魔遣い>!」
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