時には冬瑠ちゃんも未来を見る。

予知能力者と言うのは決して珍しい能力者ではなく、寧ろ、世間にはありふれた能力者であると言える。「超能力者」が社会に公認されて久しい昨今ではあるが、こと、「予知能力者」(若しくは「予知視」、プレ・コグニションという呼び方の方が馴染みがあるかもしれないが)は昔から決して珍しい存在ではなかった。「能力者」の中では最も比率を大きく占める、数の多い能力者なのだ。

 しかし一方で、この「予知」という能力は非常に不安定な能力でもある。

 まず第一に、彼等の能力によって知り得た未来は決して確実なものではない。(彼等の能力によって見えたものが「正しくない」可能性もある。)「未来は確定されているものか、不安定なものか」については未だ議論が紛糾している問題でもあるので此処では取り上げないが、彼等が能力によって見る「未来」と言うのが、正しいか否かは、その時が来るまで誰にも分からない。

 更に二つ目の問題として、彼等の能力の発現の不安定性も上げられる。
 予知能力者は多くが「夢」や「瞑想」などの間にヴィジョンとして未来を垣間見る。だが、夢を見れば必ず未来を垣間見ることが出来るのか、或いは、瞑想によって自らの見たい未来を見ることが出来るのかと言えば決してそうではない。

 つまり彼等の能力は、制御が出来ない――と言えば分かりやすいだろうか。

 彼等は全く唐突に、本人も与り知らぬような未来を見るのである。
 それは、例えば、失恋した直後に夢で十年後の天気を見たりであるとか、瞑想の間に明日の芸能ニュースでアイドルの破局騒ぎが報道されるのが見えただとか。
 まぁこれらの例えは少々極論かもしれないが、ともかく彼等の能力は唐突であり、本人の意思とは関係無い部分で動いている節すらある。


 ここで、あるマンションに住んでいる少女について言及しようと思う。少女と言うには既に成人しているのでいささか弊害があるのだが、少女のような外見の女性である。
 竜堂冬瑠と現在は名乗っているこの女性も、また、予知能力を有している。
 ――まぁ、彼女が能力を得るに到ったプロセスを鑑みると、世間一般の予知能力者とは一緒くたには出来ないのだが、この辺りの問題もややこしいので今は置いておこう。
 彼女の能力の発現も、その他多くの予知能力者と同様にまたかなり唐突なものであり、歩いている最中に明日のスーパーの特売の様子が見えただとか、お風呂に入っていたら突然一ヵ月後のバイト先での仕入れミスが見えただとか、まぁそんな感じで、本人の意思などとは何の関係も無く発動し、彼女を困惑させることの方が多い。
 人一倍に能力の優秀な彼女は、その優秀さ故に、能力が発動すると自分が見ているものが「現在」か「未来」かあるいは「過去」の区別がつかなくなってしまうという弊害も抱えている。――そう、彼女は優秀な予知能力者であるだけではなく、同時に優秀な「過去視」(ポスト・コグニション)の能力者でもあった。

 勿論、彼女もまた「夢」という形で未来を垣間見ることもある。いわゆる予知夢だ。
 夢を見ている間にそれを「夢だ」と自覚できる人間が多くは無いように、彼女もまた、自分が予知夢を見ている間もそれを「これは未来の出来事」と自覚することは決して多くない。――のだが。
 その日、彼女は珍しく、それが「予知」だと感じ取っていた。
(…これ、多分、正夢よねぇー…)
 夢の中で彼女はぼんやりと考える。
 それは、いつもの光景と言えばいつもと変わらぬ光景だ。
 彼女が家族同然に思っている父子が、いつもと変わらぬ喧嘩を始める直前の光景。
(…また、喧嘩始めちゃうわねぇ。困ったなぁ…)
 喧嘩といえどもこの父子の場合は、見た目が派手な殴り合いこそすれど決して仲が悪い訳ではない。寧ろ、殴り合いの喧嘩でコミニュケーションを取っている節すらある。のだが、矢張り彼女はその様子を見ると眉を顰めてしまう。
 だって怪我したら痛いし。
 打ち所間違えたら大変だし。
(星原君はおじ様は打ち所間違うようなヘマはしないって言うけど。でももしも、ってことがある訳だし…)
 ああ、全くこの人達ったら。と彼女は思案に暮れつつ。
 ――そこで、ふ、と目を覚ました。







 その朝、マンションのエントランスで眠たそうに目を擦る冬瑠に出会った星原灯月は、欠伸をする冬瑠を物珍しげに見た。
「お早う先輩、寝不足?」
 苦笑混じりにそう、問い掛ける。すると。
 彼女は灯月を見上げるなり、深いため息を吐いた。
「…お早う、星原君。今日、おじ様がいらっしゃるわよ。」
 冬瑠のその言い様に、灯月は眉を顰めた。妙に確信のある彼女の口調に、彼は覚えがあったのだ。
「あのジジィが来るのかよ。…他に何か見えた?」
「うん、夢でね。」
 夢の内容を説明しようと思った冬瑠だったが、内容を反芻して彼女は思わず呟いていた。

「星原君、ボケ殺しは犯罪よ。良く無いわ。お笑いへの冒涜よ。」
「…………」


 それだけ言って立ち去った冬瑠の背中を見送り、灯月は頭を抱えた。
 丁度管理人室から出て来た初老の婦人――マンション管理人の根岸幾恵が通りすがり、彼の様子に首を傾げる。
「お早う。どうかしたの、若者?」
「…いや、なんつーか」
 彼は眼鏡越しの視線を遠くに向けて、呻くように言った。

「先輩が俺に求めてる方向性が分からなくなってきたんだが。」


 と言うかどんな予知夢を見たんだ。先輩。
 灯月は心の底から問い質したかったのだが、冬瑠は既にバイトに出かけてしまったので、残念ながらその内容を聞くことは出来なかった。



 数時間後、何がキッカケだか本人達も分からないような口論の果てに、
「灯月のバカ!中華を悪く言うなんて、中国の皆さんに謝れ!!日中国交正常化に努めた方々に謝れ!!」
「…お前、またそういう微妙に突っ込みづらいことを…!たかがマーボーの為に何で田中角栄にまで謝罪しなきゃならないんだよ!」
「そしてオレに謝れー!!」
「あ、星原君、おじ様が突っ込みどころを用意してくださったわよ!」
「そこまで言われて誰が突っ込むか…ッ!!」


 まぁそんなやり取りがあったのは。
 どーでもいいお話。