――パーティの終了は、夜も遅くなってからだった。月も傾き、空気は冴え冴えと冷たい。朝を迎える為の荘厳さにも似て犯し難く、夜の空気は澄み渡っている。
その最中に、夜の闇より深い漆黒を纏う影はあった。
王城には、遠方から訪れた客人を宿泊させる為の部屋が幾つもある。その一室で、女の前に、その黒い影は頭を垂れていた。黒い髪、黒い衣服は闇のようにその人物の身体に纏わりつき、その身体の線も、人物の男女の別すら夜闇に溶けて判らなくしている。だがその人物の唇だけは夜の闇にもくっきりと、赤く、映えた。血のような色だった。
男の声が、低く響く。
「お、お前が、茨の城の…魔女、か?」
頭を垂れていた人物が顔を上げる。体温を感じさせない白い面だった。目深に被ったフードのせいで顔色まで伺うことは出来ないが、異様に赤い唇ばかりがくっきりと目立つ。
その人物は、女の言葉にどうやら薄っすらと笑んだらしかった。
「その様に呼ばれているのでしょうか、今は。なればそうなのでしょう。」
赤い唇から零れる言葉が、冴え冴えと冷たく凍て付いた夜の空気を振るわせる。硬質な金属を爪弾いたような美しい声であったが、人の出す声の癖にそれは楽器のようで、美しいのに酷い違和感を、聞く者に抱かせた。
その魔女は黒いフードを目深に被り、身じろぎさえせず歌うように、踊りでも踊るように高らかに言葉を綴った。
「わたくしは原種魔族が一人、お方様の仰るように、魔女にて御座います。聖域の守護者、永劫の断片、神喰いの悪魔より名と力とを賜りました、祝福され、祝福を与え、祝福を待つ魔女。望まれますか、お方様?わたくしの力を、請うて願われますか、お方様?」
その歌声は、空気を震わせ何かを描くかのようだ。言葉一つを紡がれる毎に、夜の空気には目に見えない何かが刻まれていく。
しかし、一体何が刻まれるというのか?
「い、茨の城の魔女は…代償を以って、人を…呪うと聞くが、真か…?」
ごくりと唾を飲み、女が言葉を押し出すように問う。魔女と呼ばれた女は、笑みを消して微かに首肯したようだった。
「呪詛は我らの故郷にて御座います、お方様。」
「では!」
力を得て頷き、女は熱心さにも似た狂おしさで身を乗り出した。魔女に触れんばかりに近付いて、けれども触れることはせずに魔女のフードを覗き込み、低く、低く命じる。
「私の為に呪いを為してくれるか、茨の城の魔女」
無理に低められ、掠れる声は、その裡にある熱を押し隠すようだ。
「どんな代償も支払おう。金でも、宝石でも、地位でも土地でも構わぬ。」
「魂を――と申し上げたらどうなさいます?」
「お前は人の命には興味が無いと聞き及ぶぞ、魔女よ。そもそも、魂を喰らうのは伝承の悪魔だけだ」
女の応えに満足したのだろうか。魔女はフードの下で再び唇を笑みの形に歪めた。く、と、咽喉の奥で押し殺すような声をひとつ漏らしてから、
「…では、お方様、貴女の、希(ノゾミ)を――下さいませ。」
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