Princess Brave!

 兵士たちが城を取り囲むように厳重な警戒態勢を取っている。隠れた厨房の隅、中庭に面した勝手口から顔をのぞかせながら、末姫様は溜息をついた。額に手を当てて、足元を転がる僕を恨めしそうに見る。そんな目で見たって、仕方が無いじゃないか。こんな状況じゃ、僕には手も足も羽も出ない。
 台所には末姫様と仲良しの使用人が居る。トレルの従姉にあたる、エレルという女性だ。彼女が不安そうに、末姫様に小さな包みを手渡していた。ニオイから察するに、サンドイッチ。卵とハムとスモークチーズが入ってるみたいだ。
「突然だったからこれくらいしか用意できなくて…その、フィフィ様、大丈夫なの?本当に?」
 フィフィ様、と、幼い頃から親しい仲のエレルは、末姫様を幼い頃の愛称で呼ぶ。呼ばれた末姫様は少しくすぐったそうに笑いながら、
「安心してよ、エレル。あたしだって、多少武術の心得はあるのよ」
「いえあの、そういう問題じゃなくてね」
 エレルが天に祈るように手を組んだ。気持ちは解らないでもない。
「第一、あのフィフィ様、その人…誰なんです?」
 エレルが指差したのは。
 僕の後ろにちょこんと小さくなって座る、一人の男の人だった。室内で殆ど黒に見える――実際には光が当たると赤毛にも見える――髪を、男の人にしては珍しいくらい長く伸ばして、おまけに瞳の色は純金に近い金緑色。眠たそうにその目をこすって、彼はエレルの問い掛けに適当に手を振った。
「どうぞ俺のことは気にせず」
「気にしますよ!」
 そりゃそうだ。
 ――この男の人、末姫様とほとんど年が変わらないくらいだから少年、と呼んでしまっても良いのかもしれないけど、とにかくこの人は、昨夜のパーティ会場、テラスで末姫様が出会った、その人だった。何で今、この場所に末姫様と一緒に居るのか、まずはそこから説明しないといけない。


 幽閉されていた塔を末姫様が抜け出したのは、クアートさんがいらっしゃってから直ぐのことだ。即断即決、末姫様は迷わずに部屋を脱出した。
 クアートさんは、末姫様に最後に、こう言ったのだ。

「これは、メイからの伝言」
「メイ姉様からの?」
「…図書館へ行きなさい、だって」

 図書館へ。
 それが一体何を意味するのか、この時僕らはまだ、分っちゃいなかった。
 城の中は、さすがに末姫様、文字通り自分の庭だ。見回りの兵士の目を見事にすり抜け、時にはエレルのように特に仲の良い使用人に匿われて、図書館へ到着した。
 ――王宮の図書館は、広い。とにかく広い。
 一般に開放されている日もあって、国民皆が読める娯楽本から、専門的な学術書、関係者以外立ち入り禁止の部屋には貴重な資料も沢山ある。建物の三階分の高さを吹き抜けにして、そこに天井までぎっしりと本が詰まっているのはかなり壮観だ。
 幸い、今日は一般解放日ではなく、昼間のことで人は少なかった。ちらほらと居る人もみんな本に没頭していて末姫様に気付いた様子は無い。末姫様はそろそろと、とりあえず、本の密林に入り込んだ。

「―――おい」

 不意に、しんと静まり返った図書館で末姫様を呼び止める声がしたのはこの時だ。見回りの兵士かと、ぎょっとして振り返った先、末姫様は口をあんぐり空けて固まった。
 僕も一緒に固まった。
「お前…妙なニオイがしてるな。呪いでもかけられたのか?」
 そこに居たのは。
 室内で真っ黒に見える、腰まである無造作に垂らした長い髪。
 質素なシャツとズボンという出で立ち。
 ――そして見忘れるはずもない。見事に純金に近い、金緑色の瞳。
 あのパーティの夜。末姫様とテラスで踊り、一瞬で消えてしまったあの人物が、そこに憮然とした表情で立っていたのだ。
 悲鳴をあげなかっただけ、末姫様は立派だったと言うべきだろう。ぐ、と唾を飲み込んで、末姫様は目の前の人物を睨みつけた。図書館では静かに。声を潜めて、けれど彼に詰め寄って、自分より頭ひとつ大きな人物の襟首を掴んだ。
 お姫様らしからぬ振る舞いだが、末姫様もこの時ばかりは形振り構っていられなかったみたい。
「――あなたっ…あたしに何をしたの…!」
「は?俺?」
 ぽかん、としたのは彼の方だった。ますます憮然として、ポケットに手を突っ込む。それから彼はまじまじと末姫様を見て、目を丸くした。
「あれ、フィータじゃねぇか、何してんだよ」
「ね、寝惚けてんじゃないわよこの野郎!」
 末姫様は、とうとう声を荒げて下品な言葉を吐き出してしまった。





「あー、フィータの曾孫かー、そういや居たなそんなの。悪い悪い、寝惚けてたみたいだ」
 彼は図書館に随分と慣れている様子で、彼の後について歩くうちに、何だかよく分らない場所に出て来た。確か、扉をひとつ通ったと思うんだけど、そこは本が無造作に並べ置かれた小さな部屋みたいになっていて。
 こんな部屋、王宮の図書館にあったんだ…?
 僕は不思議になって、あちこちを見渡した。だって、無秩序に置かれた本はどうにも図書館らしくない。どちらかといえば、地下の、貴重な本や魔導書の整理や、研究をする為の部屋に似ているような。
 けれど、どこにも「関係者以外立ち入り禁止」の札は無かったように思うし、事実誰にも見咎められなかった。
 一体ここは何処なんだろう?
「居たなそんなの、じゃないわよ」
 低く潜めた声で応じる末姫様。すっかり口を尖らせている。
「ああ、ここなら声は普通に出して大丈夫だぞ。防音はばっちりだからな」
「じゃあ遠慮なくっ!」
 途端に末姫様はむんずと、彼に掴みかかった。襟首を掴み引っ張る。
「単刀直入に訊くわよ、あたしを呪ったのはあなたなの!?」
「ちょ、ゆ、揺さぶるな!痛い!」
「もしそうだったらこの程度じゃあ済まさないわよ!よりにもよっておとーさまに!おとーさまに何かあったらホントに絶対必ずただじゃおかないんだから!!」
「うわわわ落ち着け!落ち着けってば!!」
 しばらく二人の攻防が続いた。と言うか、一方的に末姫様がまくし立てて、彼は揺さぶられ続けていた。とうとう声も出せないくらいに彼がぐったりしたので、末姫様はやっと手を緩めた(放しはしなかった)。
 大きく息をついて、男の人がゆっくり、口を開く。
「…あのな。何を勘違いしてんのか知らねぇけど。俺はお前を呪った覚えは無いぞ。つーか呪詛なんて俺、使えねぇよ。俺はそういう系統の精霊は扱えない。」
「ホントにぃ?」
 胡散臭そうな末姫様。
「ホントだ。フィータに誓ってもいい。…あれ、ところでフィータの曾孫、今は王国暦何年だ?」
「…六百二十五年よ。あとフィータの曾孫って呼ばないで。何だってそんなこと訊くの?」
「いや。俺がここに封印されたのが、王国暦の五百十四年なんだ。…と言うことは、百年以上ここに封印されてるのかー、俺」
 ぽりぽりと頭をかいて、彼は戸惑った様子で周りを見渡した。末姫様も眉間に皺を寄せ、彼の言葉を反芻する。
「…封印?」
「お前、聞いたことねぇ?『賢いお姫様に、賭けで負けた悪魔は、王国を災いから護る為に――』」
「……それ、『図書館の悪魔』のお話よね」
 末姫様は目をぱちくりとさせた。何だったか、確か御伽噺だかの一種だったはずだ。或いはお城の七不思議のひとつだったかもしれない。何にせよ、子供が寝物語に聞くような他愛のないお話だ。
 ある時、王国の姫君が彼女の美貌に気を惹かれた悪魔に連れ去られる。けれども姫君は聡明な知恵と勇気で、悪魔の提案した賭けに勝ち、逆に悪魔に、王国を護るように命じる。
 以来、この王宮の図書館の奥深く、地下のそのまた深い場所には、悪魔が封印されている、と言う。彼は王国に災いのある時まで、そこで眠り続けているのだ、と。
 他愛のない、昔話。
「そうそう。そんな話だったっけ」
 末姫様が掻い摘んで話した内容に、彼は苦笑しながら、

「俺がその『図書館の悪魔』」

 末姫様は多分、本日三度目くらいに、口をぽかんと空けて目の前の人物を見つめた。




「つまりその説明を鵜呑みにするなら」
 そんな風に前置いて、末姫様は目の前の人物を睨みつけた。
「――あなたは、曾お婆様…フィータ様との賭けに負けて、ここで封印されることになった、って言うのね?それも、王国を護る為に。」
「正確には、当時俺たちが予想できた、いずれ来るだろう災いを防ぐ為、ってとこだ」
「じゃあ、あなた、悪魔なの?」
 悪魔、と言うのは、魔族とは違う意味合いで使われる言葉だ。
 末姫様も、勿論僕も、悪魔っていうのは御伽噺に出て来る程度のものしか知らない。確か、メイ様の説明だと、精霊の力が凝って、意思のある大きな力の塊になって――それが、神様とか悪魔とか呼ばれるようになったんだ、ってことだったけれど、よく分らなかったし。
 けれど、目の前のその人はふるふると首を振った。長い髪が絡まって鬱陶しそうだ。
「俺は、魔族だよ。正確に言うと、原種魔族」
「原種?」
「概念精霊を扱える魔族はそう呼ばれるんだ。理由は知らねぇ」
 まただ。また、「概念精霊」って言葉が出て来た。末姫様も、考え込むように口元に手を当てている。
「…その『概念精霊』を扱える人…あなたの説明だと『原種魔族』とやらよね…が、あたしに呪詛をかけたって、メイ姉様…あたしのお姉様や義兄様はそう判断してるわ。」
「だろうな」
 彼は肩を竦め、本当に無造作に、末姫様の肩の辺りに顔を埋めるようにした。突然の接近にぎょっとしたように末姫様は硬直したが、それは一瞬で、彼はすぐ顔を上げると、
「…ニオイがする」
「え!?やだ嘘何で!?昨夜はちゃんとお風呂入ったわよ!」
「いやそういう意味じゃねぇよ。魔法の気配っつーのかなぁ。精霊の残滓っつーか…うまく説明出来ねぇから『ニオイ』って表現してんだけどさ、俺は」
「何よ、ややこしいこと言わないで頂戴」
 さすがに末姫様もお年頃の女の子だ。彼の説明に安堵したように胸を撫で下ろした。
「別にいいだろ。…うん、確かに概念精霊だな。それも…」
 彼はふと、難しい顔をして、それから目の前の末姫様をまじまじと眺めた。
 どぎまぎした様子で――そんな風に顔をじろじろ見られるなんて経験、末姫様にはなかったに違いない――末姫様は居心地悪そうにしていたが、やがて、彼はふぅ、と軽い溜息のようなものを吐きだし、
「…あんた、本当に、フィータにそっくりだなぁ…」
 何だか凄く…うまく説明出来ないな。複雑な感情を含んだ声で、彼はそんな風に言った。それがあんまり、悲しそうと言うか、懐かしそうと言うか、妙な感じだったので、いよいよ末姫様は居心地悪そうに、
「そ、それがどうかしたの?」
「いや。うん。別にあんたのせいじゃないからなぁ。…仕方が無いよなぁ、曾孫なら似てても…」
 ぶつぶつと、終りの方はほとんど独り言になってしまった。彼は眉を顰めてしばらく虚空を睨んでいたが、やがてえいや、と意気込んだように、手の甲を末姫様に差し出した。
「?何?」
 彼の意図を掴めず、末姫様が目をぱちくりさせる。彼は突然、とんでもないことを言い出した。
「キスして」
「…はぁ?」
「……いやな、俺にも色々事情があるんだよ、フィータの曾孫」
「だからそれ止めて頂戴。…事情って何?何であたしがキスしなきゃならないの」
 末姫様の疑問は当然のものだ。
「多分、あんたの呪いはキスと連動してるんだ」
「…」
 末姫様は困惑したように、差し出された手の甲と、目の前の男の人を見比べている。
「あんたが親父さんにキスした瞬間に呪詛が発動した。違うか?」
「確かに…そうだけど」
 その光景を思い出したのだろう、末姫様は自分の身体を抱くようにして軽く身震いした。
「でも、そしたら、あたしがキスしたら、あなたも呪詛を…」
「ああ、大丈夫。俺、そのタイプの精霊には耐性があるんだ。それより、実際かけてもらった方が、俺としても対策がし易い」
 そこまできっぱりと言われれば、断る理由も無い。
 ほとんど見ず知らずに近いような人にキスをするのには抵抗があったみたいだけど、末姫様は恐る恐る、彼の手の甲に唇を近づけた。
「…あの。何かあってもあたしを恨まないでよ?」
「別にいいさ。石化したって、百年寝てるのとそう大差は無い」
 ――そういえば、彼はひどくあっさりと「百年寝てる」なんて言うけれど。
 実際それはどんな気持ちなんだろう。僕は想像して、眩暈がするような気がした。百年。見知った人達はみんな死んでしまっているだろう。彼が――どんな仲だったのかは想像するしかないけれど、彼が賭けに負けたというお姫様、フィータ様も死んでしまわれた。
 どんな気持ちなんだろうか。改めて考えると、何だか不思議な気分である。
「…じゃ、いくわよ」
 その言葉に、末姫様も複雑な表情をしつつも、深呼吸して、そっと口付けた。手の甲にキス、なんて、普通は騎士がご婦人に送るキスの作法だけど、まぁこの際、細かいこと言っても仕方ない。
 僕も末姫様も、一瞬、固唾を呑んで彼の様子を見守った。
 ――彼の指先の辺り、末姫様がキスをした手の甲から、ぴしり、と硬質な音がする。ぞくりとしてよく見ると、皮膚が灰色に変色し始めていた。末姫様は、お父様のことを思い出されたのだろうか。小さな悲鳴をあげたようだ。
 けれど、変化はそれだけだった。彼の手を覆う程度に変色が進み――それで終わり。手首の辺りまで来て、変化はぴたりと収まった。
 「耐性があるから大丈夫」という彼の言は、これで証明されたわけだ。
 末姫様はきつく絞っていた呼吸を、ようやく緩めて大きく息をついた。
「…良かった。何かあったら本当にどうしようかって思ったのよ」
 ほう、と微笑んだ末姫様を見ていた、彼の視線が一瞬、何か、痛みのようなものを孕んだ気がした。気のせいだったかもしれないし、呪いの影響で不快感でもあったのかもしれない。
「――笑うといよいよ、フィータに似てるな。」
 苦笑して、彼は腕を一度振った。石化した方の手だ。振りまわして、次の瞬間には――手の皮膚は元の通りの、血色の良さそうな色に戻っていた。
 ぱちぱちと、末姫様が二度、目を瞬く。
「すっごーい」
「ま、こんなもんか」
 手をひらひら振りながら――違和感でもあるのかもしれない――彼は呟くと、うーん、と唸った。あっさりと、言う。
「…さて。俺の力で解呪は無理だな、これは」
「ええええええ!?」
 末姫様が思わずそんな悲鳴をあげた。うん、そりゃあんまりだ…。
「こりゃ、呪いかけた本人殴り飛ばして呪いを解除させるしかねぇ、と思うぜ」
「そんなきっぱりと無理難題ふっかけないでよ!この馬鹿悪魔!!乙女のキスを何だと思ってんの!」
「キスったって手だぞ、手。挨拶じゃねぇか」
 末姫様の声が余程煩かったのか、片耳抑えながら、悪魔が笑う。
「あと俺の名前はウィズだ。ウィズ・ウィス。悪魔って呼ぶな」
「じゃああたしを『フィータの曾孫』って呼ぶのも止めて頂戴!」
「あー。そりゃ悪かった、すまんすまん。どうも百年も寝てると時差ボケが酷くてなー」
「時差ボケで人の名前忘れてんじゃないわよ。ホントにボケたんじゃないの?」
「…口の悪ぃ姫様だな、オイ」
「口が悪くて結構!相応の言葉遣いをする相手くらい自分で選ぶわ。…で、あなた、『災いを防ぐ』ためにここに封印されてるんじゃなかったの?」
「そうだな」
 彼は神妙に頷いて、人差し指を立て、急に真面目な口調で、告げた。
「だから、俺は今から、封印を解こうと思う訳だよ、七の姫、フィータの曾孫、フィーナ・フィーディス。あんたの災いを、解く為に。」
「へ?いや、封印…あなた、今も封印されてる状態なの?」
 末姫様はどうやら、彼が既に封印から放たれているものだと勘違いしていたようだ。けれども彼は笑って首を横に振り、
「いや、今の俺は、夢遊病みたいな状態なんだ。ホントは寝てる状態なんだけど、少し魔法で誤魔化してる。っつっても、城の外には出られない状態だが…とはいえ、これでも魔法使いとしては超腕利きなんだぜ?」
 いまいち信用に欠ける一言であった。彼はさっき、呪詛が自分では解けないと宣言したばかりではないか。
「だから、フィータの曾孫…じゃなかった。フィーナ・フィーディス。俺の封印を解いてくれないか。」
「え、あたしが解くの?」
 唐突な言葉に末姫様が目を瞬かせる。
「あたし、魔法なんて使えないし分らないんだけど」
「いいんだよ。俺の封印は『王族の姫君と契約すること』でもって、限定的に解除されるんだ」
「限定…?」
 完全に封印から解かれる訳では無いらしい。末姫様の疑問の声に、彼は律儀に説明を差し挟んだ。
「魔法を使う際に、必ずその契約相手の姫様の許可が必要になる。自分の意思では魔法を使えない。あと、契約主に定期的に…ええと、封印の解除の手順を、踏んでもらう必要がある」
 少し言葉を濁して彼は末姫様を見た。
「…封印の解除に同意してくれるか?」
「同意すれば、封印が解ける訳?そしたら、あなたは魔法が使えるようになって、お城の外にも出られるようになるのね?」
「そうなる。――あんたの身体に残ってる精霊の残滓を追えば、呪いをかけた張本人を探すことだって出来る」
 彼が頷いたので、末姫様はほんの少しだけ迷ったようだったけれども、結局は頷いた。
「……分った。同意します。…これでいいの?」
「ああ、あとは契約の証として…」
 彼はこほん、と一度咳払いすると、末姫様に手を差し出すように促した。
「何?」
「さっきのあんたと同じことするんだよ」

 末姫様は、本当に本当に唖然として、それから頬を赤く染めた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!そんなの聞いてないわ!」
「仕方ないだろ、キスってのが一番、魔法の解除には向いてるんだよ。大体、挨拶だろーがこの程度」
「…え、あなた、さっき、『定期的に解除の手順を踏む』って…」
 そこで末姫様は先ほどの契約内容を思い出したらしい。とうとう真っ赤になって、一度差し出した手を引っ込めようと暴れ始めた。ところが、既に手はウィズに押さえられていて、引っ込めることが出来ない。
「あー。うん。定期的にしないと封印が勝手に再起動して、俺はこの図書館の地下に引っ張り戻されることになるんだよ。…悪い、先に説明すりゃ良かった」
「ああああああもぉぉぉぉぉ!」
 騙されたぁぁぁぁぁぁ!!!
 末姫様の絶叫が室内を響いたけれど、防音設備がよほどしっかりしているのか、誰も咎める気配は無い。
「騙したなんて人聞きの悪い。俺は黙ってただけで、嘘はついてない」
「限りなく嘘に近いわよッ!」
「ああ、あと、もう一つ大事なこと忘れてた」
「今度は何ッ!?」
 噛み付くように末姫様が問えば、ウィズは目線を逸らしながら、

「キスはお互いにしないといけないんだ。さっきあんたにキスさせたのは、実は封印解くのも兼ねてた。悪い。これも先に説明すりゃ良かったな。」

 最初からそのつもりだったのねぇぇぇ!!!
 と、末姫様は、涙目で叫んだ。


 これが、会議室で王妃殿下や姉姫様、大臣達が会議を行っている間、末姫様に起きていた出来事である。彼女は、半分騙まし討ちみたいな格好で、「図書館の悪魔」こと、原種魔族の少年、ウィズ・ウィスの封印を解く羽目に陥り、そして――塔からの脱走が城中にばれて、現在に至っている。

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