Princess Brave!
キィン、と鋭い音がして、リトゥリー様の剣を末姫様が防ぐ。武器の都合であまり攻勢には出られない末姫様だけど、何せ文字通り「一撃必殺」の威力があるから、リトゥリー様も警戒してなかなか思い切った攻撃に出られない。二人の様子見のような小競り合いが続いている。
この場所は、二人が決闘を始めた場所を見下ろす位置にある物見塔で(つまり末姫様は少々、いや、かなり、僕を投げ飛ばすのに勢いを付け過ぎたご様子。まぁ仕方ないのだけども、あの皮手袋、末姫様の腕力を増す効果があるってメイ様言ってたし)、近衛の騎士も二人ほど居た。
「…最近の王国は随分と変わった見世物をするねぇ。姫君同士で決闘とは」
笑う声がして、僕を抱きかかえていた腕がぴくりと跳ねた。
――僕が見上げた先には、女性の(と言うか末姫様と同じかそれより年下くらいだから「女の子」って言った方がいいかな)顔がある。落っこちてきた僕を受け止めてくれた人で、物見塔に居た所を見ると騎士団の人なのかなと僕は勝手に思ってたのだけども、どうやら違ったみたいだ。第一、彼女は近衛騎士の鎧を身につけていなくて、むしろ、近衛の人達に護られるみたいな立ち位置だった。どこぞの貴族の令嬢には見えないから、多分、誰かの連れてきた護衛か侍従の人なんだと思う。それにしては幼いのが気になるが。
そして件の声の人物。彼の登場で、その場の近衛騎士がぴしりと敬礼をした。僕を抱いていた女の子も、僕を床におろして膝を突く。恐らく、その人が彼女の仕える人物なのだろう。
そこにいたのは、誰あろう、昨夜末姫様にダンスを申し込んでいた、「帝国」の皇子殿下、ティグ様だった。
「ティグ様、こんな場所にいらっしゃるなんて」
騎士の一人が畏まってそういうと、ティグ様はにこりと笑った。
「んん、面白そうなコトしてるって聞いたから。見てご覧、他の塔からも他の王侯貴族の方々が高みの見物を決め込んでるよ」
まぁ、「オヒメサマ同士の決闘」なんてそりゃあ他所じゃあ滅多に見られるもんじゃないだろうけど。末姫様を見世物扱いされるのはちょっと腹が立つ。
ティグ様は「ゆっくり見物したいからー」などと言ってその場の近衛騎士二人を追い払ってしまった。その隙に、僕はころころ転がって、その場を離れようとしたのだけど、ひょい、と当のティグ様に抱えられてしまう。
「…キミは確か、フィーナ姫のペットだったよね。砂漠の竜の子なんてこの国には珍しいからよく覚えてるよ」
「ティグ様!」
危険ですよ、と言いたげに女の人が声を投げる。ティグ様は素知らぬ顔で、女性に笑いかけた。
「ニィ、大丈夫だ。この大きさなら、突かれてもあんまり大きな怪我にはならないよ」
「…でもティグ様に怪我させたら、あたし、お父様に叱られるのよ。そしたらクビよクビ。すっごい困るなぁ」
膝をついた格好でそんな砕けた口調で話すもんだから、僕は可笑しくなってしまった。くるくると咽喉を鳴らすと、ティグ様は苦笑したみたい。
「少しくらい怪我したって父上は気にも留めないよ。それより、しばらくこの国を移動するけど…旅の準備は万端?」
「万端、万端。いつでも出発オッケーだよ…っと、ねぇ、ティグ様」
立ち上がった女の子――ニィ、と呼ばれてた彼女が、軽くガッツポーズをした後、不意に真面目な顔になった。ちらりと末姫様の方を見て、顔を顰める。
「フィーナ姫の後ろに、妙なのが居るの。『原種魔族』だと思う…んだけど」
「けど?」
「…カノジョにそっくりなの。変でしょ?」
顔を顰めたティグ様は、何やら口の中で小さく呟いていた。厄介ごとにぶちあたった、とでも言いたげ。僕は僕で、首を傾げる。「カノジョにそっくり」って、「カノジョ」って誰なんだろう?
「…早いところ、移動した方がいいかもしれない。『茨の城』へ急ごうか、ニィ」
「……あたし、あのお城好きじゃあないなぁ」
ぼやくように言ってから、それでも逆らうつもりはないんだろう、ニィは室内へ戻るティグ様の後をついて走る。
「ニィが嫌いなのは解るよ。僕も好きにはなれそうにないし…でも、」
「ん、解ってますって!」
ニィは気合いを入れ直したみたいに、声を張り上げた。それから、ころころ転がってその場を後にしようとしていた僕を、再び抱え上げる。
「ねぇティグ様ぁ、この子どうしよっか?人質にしちゃう?あ、竜だから竜質?」
僕がぎょっとして暴れ出すのと、ティグ様が苦笑いしながら首を横に振るのが同時。ほっとして僕が小さな羽を畳むと、ティグ様が僕の目の前で目線をあわせて、僕の頭を撫でた。
「ま、ニィの提案も魅力的ではあるけどね…フィーナ姫が僕らの障害になるとは、思えないよ」
「解んないよ?彼女、すっごいパワフルじゃない。案外、『茨の城』まで辿り着いちゃうかもしれないよ…あのオヒメサマ、呪詛かけられてるみたいだし」
おや、とティグ様は目を瞬いてニィを見た。ぱちくりとしたのはニィも同じで、「あれ、あたし言ってなかった?」と惚けた顔をしている。
「…そういうことはちゃんと報告してね、ニィ」
「はぁい、ごめんなさぁい」
軽い調子で、あんまり反省して無いみたいな雰囲気でニィは言い、それから僕を抱きなおしながら、
「とにかくね、フィーナ姫、どうも呪われちゃってるみたい。遠目に見た感じだけどね。『茨の城』の仕業だと思うよ。何かを起点にして発動する、受動起爆型の呪詛ね。多分、『石化の呪い』に近いモノだと思う」
すらすらと言うニィに僕は少なからず驚いた。ニィはぱっと見たところ瞳の色はハシバミ色で、全然「魔族」っぽくはないし、それに第一、帝国では「魔族」を冷遇していると聞く。ティグ様は仮にも皇子だ。「魔族」が傍仕えできるとも思えない。
だけど、どうやら彼女は魔法の力を「見る」ことが出来ている。恐らく彼女もまた、「魔族」なのだろうか。
ティグ様はなかなか、色々と興味深い人物のようだ。
「…まぁ、あの『原種』の彼が現れた時点で、障害は予想できていたし。フィーナ姫がそれに加わったんだと思えば…」
そこまで指折り数えて言い、ティグ様は溜息を吐き出す。僕の勝手な想像だけど、多分、決闘している末姫様の姿を思い出したんじゃないだろうか。ウォーハンマーを振り回す、あのオヒメサマらしからぬパワフルな姿を。
「…厄介かもね」
また、遠くから高い金属音が聞こえた。同時に「おぉっ、」というどよめき。
全くもう、ギャラリーが増えてるな、どうやら。
「まぁ、でも、この子は姫に返しておこう、ニィ。うまくすれば、しばらく姫を利用できるかもしれないからね」
「ティグ様がそういうならそうするけどー」
小さくむくれて、ニィが僕を抱き締める。
「この子可愛いんだもん、あたしも欲しいなぁ」
お褒めに預かり光栄の至り。でも僕としては、聞き逃せない情報を幾つも聞いてしまって、どうにも胸がもやもやとした気分だ。どうやらティグ様は、末姫様に呪詛をかけた人物を知ってて、その上、なんだか関係もあるみたいだ、ということを知る事は出来たけど、僕には人の言葉を操ることが出来ない。
――末姫様に、このことをどうすれば伝えられるんだろう。
僕はただ、もやもやとしたまま抱き締められ、頬ずりされているしかなかった。
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