さて、部屋に一人取り残された翆はすっかり不貞腐れてベッドに顔を埋めていた。そこへ、キシキシ、と微かな金属音が聞こえてくる。
顔を上げた彼女は、自分の枕元にひょこんと頭を出した鉛の蛇の姿を認めて、ぷっくりと頬を膨らませた。
「…夜中に言われて来たのね?亜鉛」
蛇は肯定するでもなく否定するでもなく、キシキシ、と音を立てるばかりだ。
夜中とは違って翆には亜鉛の「言葉」は理解出来ない。ただ亜鉛が頷く仕草を見せたので、ぷい、とそっぽを向いた。きちんと干されたふかふかの枕を膝に抱いたまま、
「亜鉛はいっつも夜中の味方」
ぽつりと零すと、蛇は首を傾げるような仕草をした。それからするする、と翆に擦り寄ってくる。
「何よぅ。亜鉛なんか、夜中の所に行っちゃえばいいんだわ。亜鉛なら、夜中の役に立つことだって出来るんだし――」
そこまで口にして、翆は俯いてしまう。今までまるで考えたことが無かったが、――よくよく考えてみれば、こうして留守番を言いつけられたり、「一人で寝るように」なんて念押しをされてしまうのは、自分が彼の「仕事」の邪魔をしてしまうからでは無いだろうか。
邪魔とまでは言わずとも、足を引っ張ってしまうのは確かだ。翆には何も出来ない。身体は「人形」で、見た目通りに子供と変わらない身体能力しか無いし、夜中のように外法の力を扱える訳でも無い。
「……うう」
苛々が一転して、泣きたいような情けない気持ちに取って代わる。
翆は蹲って、また枕に顔を埋めてしまった。キィ、と金属音――それは心なしかどこか心配そうな音に聞こえた。
「亜鉛、…亜鉛、夜中の所に行ってあげて…。」
翆は金属音に顔を上げると、眉を顰めたまま蛇を見遣った。蛇はふるふる、と首を横に振る。
「いいの、行ってあげて。どうせ夜中のことだもん、私の機嫌が良くなるように、亜鉛を置いて行ったんでしょ?」
その蛇に諭すように翆は言って聞かせた。夜中の行動の理由を妙に確信を持って言い当てることが出来たのは、記憶を失くす前の何かが心の片隅にでも残っていたのだろうか。
蛇は困ったようにゆらゆらと尻尾を揺らす。
「…大丈夫だよ。『ここの死んだ人』は私には、悪いことは出来ないもん。…だから平気。」
翆は枕から顔を放して、哀しげに視線を窓辺へ動かす。
雨の降る薄暗い窓辺には、少し日焼けして色の褪せたカーテンと小さな木彫りの人形が置いてあるだけだ。だが、翆の視界はそれらとは異なる物をしっかりと捕らえている。
窓辺に腰をかけているらしい、輪郭の定まらない小さな人影。恐らく子供だろう。
「死んだ人、随分、沢山居るんだね。この宿。」
蛇がキィ、と小さいが鋭い音を立てる。翆は少しだけ笑うと、頷いた。言葉は分からないが、何を言いたいのかは何となく分かった。
「分かってるよ、亜鉛。『死んだ人』のことは、誰にも言わない。夜中にも言っちゃ駄目って言われてるし。」
それにどうせ、夜中と私以外には見えないんだよね、と彼女はほんの少し寂しく視線を伏せた。
窓辺の影はゆらゆらと揺れながら、それでもその場を動かずに居る。
翆はもう一度それを見遣り、ただ、哀しげに緩く微笑んだ。
こん、こん、と遠慮がちに、ノックの音がしたのはこの時だった。翆はぎょっとして目を上げ、亜鉛の方を見遣る。単に困惑しての行動だったが、金属の蛇はキキ、と鋭い低音を発した。意味は分からないが――何か良くないことを知らせようとしているようだ。
翆は枕を握り締めたまま、ドアを見遣る。
「…誰?」
指が、震えた。
答えは無い。
「誰なの…!」
怯えを呑んだ声は少しばかり強い声になった。誰何の声に、矢張り答えは無かったが。
――代わりに、触れても居ないのにドアが、開いた。
びくりと肩を震わせて翆は枕を抱いたまま、ベッドから降りた。
ドアの向こう、僅かに見える廊下は、元々薄暗かったのだが、それにしたって異様なまでに暗い。――黒い。小さな隙間に澱む闇から、すぅ、と何か腕の様なものが、部屋へと差し込まれた。
灰色の、腕。
人間の物にしては異様に長く、肘の部分が三箇所もある、だが人間の腕らしい何かが、部屋に伸ばされる。
「ひっ…」
悲鳴を上げ損ねて翆は乾いた声だけを上げた。鉛の蛇が警戒音を鳴らしながら、その足元に寄る。
灰色の腕はやがて、ドアの平べったい隙間から、するすると部屋へと入り込んで来る。
そうして部屋へと入り込んで来た物――物、としか呼べなかった――は、人の形すらしていない。細い長い腕の先――肩に当たる部分は、それぞれ別個の動きでわななく幾つもの「口」に覆われている。首や頭も同様に「口」が覆っていた。毛らしきものは生えていない。つるりとした灰色の肌を覆う赤い唇が、毒々しい。
人間ならば顔のあるべき場所には、巨大な口が一つ。目も、耳も鼻も無い。
裾を床に引き摺る程に長い、灰色の襤褸切れのような布を纏い、足は見えない。というか、足があるのかどうか疑わしかったが。背中の部分が、何か隠しているかのように膨らんでいる胴体は、するする、と滑るように動いている。どう見ても足で移動する生き物の動きでは、無かった。
「……」
一つ一つが違う動きを示す幾つもの「口」が、雨音にも掻き消えてしまうような僅かな音で何かを喋る。そうしながら、灰色のそれ、は、じりじりと翆に迫っていた。
鋭く耳を劈くような不快な音が、けたたましく響き渡った。
地下は物置として作られていたが、増設したばかりの地下室には殆ど物は無かった。まだ真新しい、薄い木の板の敷かれた床に屈み込んで夜中は手で触れる。じ、っと。そのまま身動ぎもしない。
彼の目には、その物置に輪郭も定かではない、人影のような陽炎のようなものが揺らめいて、ひしめき合っているのが、はっきりと見えていた。
――翆の言を借りれば、それは「死んだ人」だ。要するに、死してなお現世を彷徨う、人の魂の残滓のような物である。人によっては「幽霊」とも呼ぶのかもしれない。
ただの宿屋に居るにしては、余りに多い、その「死んだ人」の数。十か二十か。そのどれもが、この宿屋で嘗て死んだ、客達だ。
嘗て。遠い昔。まだ「店主」が「外法使い」を堂々と名乗っていた頃。確かに此処に、「人喰い」と呼ばれる魔物は居たのだろう。そうして自らの飢えを満たす為に、人を喰らい続けた。宿の主人夫妻の姿を喰らって、その姿と立場を我が物として。
(…西の果てにも東の果てにも近くは無いというのに、こんな場所まで流れて来た…。)
流れて来る魔物が居ない訳ではない――が、珍しいだろう。逆を言えば、西の果て、東の果てに近付けば近付くほどに、魔物の存在は決して珍しいものではなくなるということだが。
(こんな場所では、飢えるのも早かっただろうな。道理でこれだけの人が死ぬ訳だ。)
目の端に僅かに、嫌悪とも、憂鬱とも知れない感情を浮かべた夜中は、直ぐに表情を引き締めて床の一点を見遣った。ゆらゆらと揺らぐ陽炎達が、その一点を中心に彷徨い出ている。
―――此処だな。
目星をつけると、愛用の丈夫なナイフを差し込んで彼は床板を引き剥がした。
果たして、其処には――彼の推測通りのものが、あった。
ごろごろと転がる古びてからからに乾いた髑髏が二つ。
ぽかりと空いて、土の詰まった眼窩が虚しく、夜中を見上げている。
薄暗い地下室でそれを睨むように見遣り、夜中は低く、小さく嘆息した。苛立ち混じりにナイフを床下の地面に突き刺す。半ば土で埋もれた髑髏を掘り出そうとしたのだった。
鋭い、耳に不快な金属音が彼の鼓膜に突き刺さったのはこの時だ。思わず耳を塞ぎたくなるような音。
金属生命種の上げる独特の警戒音だと、知る者ならば容易に察しただろう。
「…亜鉛…」
顔を上げて、彼は舌打ちをする。まだ夜ではないから、と、油断したかもしれない。この啼き方は十中八九間違いなく、翆の身に何かがあったのだろう。
しかし慌てることなく、彼はナイフを持ち替えた。無骨で丈夫なだけが取り柄のナイフを地面に刺したまま、ベルトに差し込んであった別のナイフを取り出す。薄闇に僅かに銀の細い光を弾くナイフは、一見して刀身も細く、然程実用的には見えない。柄の部分には小さく、鳥の図案が掘り込まれていた。
す、と呼吸を整え、夜中は慎重な手つきで、それを、地面から顔を出している髑髏に突き立てる。
溶け掛けたバターを切るような。余りにあっさりとした手応えだけを残して、細いナイフは、頭蓋骨に深々と突き刺さった。
全身に「口」のある化け物は、じりじりと翆に迫っていたのだが――不意に、その動きを止めた。苦悶するように全身の口がそれぞれ勝手に歪み、或いは悲鳴を漏らす。何があったのかは翆には知りようが無いが、化け物は何かに苦しんでいるようだった。
その様子すらも、哀れみを誘うよりも先に余りに異様で、思わず翆は、叫ぶ。
「近付かないで…消えて!!」
消えて。
その言葉が、その言葉だけが、強い響きを持って部屋の空気を、そして化け物を打ち据えた。ごぶり、と、化け物の影が、そこだけまるで何かの意思を与えられたかのように、黒く持ち上がる。
黒く。
化け物は黒い影に呑まれ、苦悶の声を上げながら、やがて砂の城が崩れるようにして崩れていった。崩れた部分から、空気中に溶けるようにして消えていく。
荒い息をしながら、魔物の消え行くさまに見入っていた翆は、無意識に掴んでいた亜鉛の尻尾が手の中で暴れだすまで微動だにせずその場に座り込んでいた。空気の中に溶けた化け物が本当に消えたのか、何処かからまた姿を現すのではないかと、神経を尖らせながらじ、と廊下に続く薄闇に目を凝らす。自分の呼吸の音がいやに響いて、それが恐ろしかった。
やがて、手の中でばたばたと亜鉛の尻尾が暴れだす。それで、ふっと我に返って、翆は手を放した。亜鉛は抗議をするように小さくキィ、と音をたてて、その場でとぐろを巻いた――と思った瞬間には、玩具のような小鳥の姿に転じていた。鉛色の金属の小鳥は、見た目と裏腹に軽々と羽ばたいて、翆の頭にぴたりと止まる。
「亜鉛…」
その亜鉛に手を伸ばそうとした瞬間、翆はぎくりとして、動きを止めた。
「…大丈夫ですか?何だか妙な音がしたけれど。」
僅かに開いたドアに不審を抱いたのだろうか。低い男性の声が廊下からそう、尋ねて居る。翆はそろりと立ち上がり、用心深くドアの隙間からそっと、覗く程度に顔を出した。
―――今朝方出会った、この宿の客人だと名乗っていた青年が、そこには立って居る。
夜中よりも少しばかり年長だろう。薔薇を思わせる柔らかい、朱の混じった茶色の髪をした、それほど背の高くない青年だ。彼は、ただ、不安を顔に表わして、薄暗い廊下に立っていた。背筋が粟立つような感覚があって、翆はドアをいつでも閉じることが出来るように手に力を込めた。
「……大丈夫、です。」
ドアをいきなり閉めてしまわなかったのは、其処に居た青年が本当に心配そうにしていたからだ。不安そうにも見えたが、それは純粋に幼い子供である翆の身を案じてのことらしい。
それで無碍にも出来ず、翆はただじっとりとドアを握る掌に汗をかきながらも、廊下の青年――掛香に答えていた。
「本当に、大丈夫ですから。」
「あの、一緒の人は何処に行ったの?」
「夜中は――ええと、お仕事、…そう、宿の建物を調べに行ったんです。宿のご主人に、お願いされて。」
咄嗟にそう言い繕って、翆はそれが不審に思われないよう祈った。宿の建物を調べる等と言う職種が存在しているのかどうか、記憶が無いために一般常識も抜けている所のある翆には解らない。ただ、彼が「店主」であることを悟られてはいけないと――それだけを、念じていた。
「そう、なの。」
幸いにも彼はそれを不審には思わなかったらしい。顎に手を当てて考えるような間を置いたものの、結局深く突っ込んだことは尋ねず、代わりにこんなことを言う。
「――最近、この宿に魔物が出るなんて噂も立って居るからね。魔物なんて滅多に出る物じゃないけど、気をつけて。」
翆は乾いてしまった咽喉にこくん、と無理に唾を送り込んで(こういう時ばかりは、何で自分の身体は「人形」だというのに、こんなにも緻密に作られているのかと嘆きたくなる)言葉を繋いだ。どうにかこうにか、必死の想いである。
「気を…付けます。ホントに。大丈夫。」
「本当に?何だか調子が悪そうに見えるんだけども」
「本当です!」
思わず強い調子で言ってしまって、翆は冷やりとした。掛香はその強さに圧されたように目を丸くしてから、「そう…」と口篭ってしまった。
「…実はね、僕も、君と同じくらいの娘が居るんだよ。それでつい、君のことが心配になってしまったんだけども…。余計なお世話だったかな。」
ごめんね、と頭を下げられて、翆は泣きたくなってしまった。――どうすれば、良いのだろう。彼からは悪気なんて微塵も感じない。こうして警戒しているのが馬鹿げて思えて来るほどだ。
翆はドアを開いて、彼を見上げた。夕暮れみたいな綺麗な色の瞳をしている。
「気にしないで、ください。…心配してくれて、その、ありがとう…。」
「いや、いや。…そうだ、良かったら、連れの彼――夜中、と言ったよね。彼が戻るまで、一緒に居ようか?」
全くの善意からだろう申し出に、翆は困り果てて、頭の上の亜鉛に手を伸ばした。何がしかの良い答えをくれないかと、まぁ、翆には亜鉛の言葉が解らないから、本当に苦し紛れの行動だったのだが。首を傾げ考え込む翆にも気を悪くした風は無く、ただ、掛香は腰を屈めて翆に目線を合わせて、彼女の答えを待ってくれている。
結局、困惑する翆に助けの手を伸ばしたのは、亜鉛でも無く掛香でもなく、慌てた様子で走り寄って来た人物の声だった。雲雀だ。
「――何か物凄い音がしたけれど、大丈夫?翆さん…」
はっとして振り返り、翆は彼女に頷いた。安堵した様子で雲雀が胸を押えながら近付いてくるのを横目に、ふと気付く。
雨の音が、している。
先程まで――当たり前のように何処に居ても聞こえていた僅かなこの雨音は、先程、翆が化け物に遭遇してから今この瞬間まで、忘れ去られたように消え去っていた。それが唐突に、翆の耳に戻ってきたように感じられたのだ。
もう一度、翆は振り返る。先程まで屈んで自分に目線を合わせてくれていた、あの優しげな青年が居た場所。
そこには、ただ、薄暗く雨音を響かせて、廊下が続いているだけだった。人の気配など、最初から何処にも無かったかのように。
「…雲雀さん、」
雲雀には極力近付かぬように気を配りながらも、それでも翆は問い掛けていた。小鳥の姿の亜鉛を胸に抱きながら、か細い声を小さな鈴のように震わせて、
「…今、私のそばに、誰か居ましたか?」
「いやだ、気味の悪いこと言わないで。」
雲雀はその言葉に本当にぞっとした様子で、身体を抱き締めるようにした。
「誰も、居ませんでしたよ。どうしてそんなことを訊くの?」
夜中が戻って来たのは偶々、翆が雲雀に声をかけられて暫しした時だった。彼は廊下からその様子を見てため息をつく。アレには近付くなと、強く言ったというのに。あの奥さんは。
「…赤ん坊がどうなっても知らないぞ。」
低い警句を口にした彼に驚いた風で、最初に反応したのは翆だ。彼女はそれまで険しくしていた幼い顔に満面の笑みを浮かべて、彼に駆け寄り、文字通り飛びついた。背中の小さな翼を羽ばたかせ、彼の首に腕を回して勢い良く抱き付く。それを受け止めて抱き返しながら、夜中は雲雀に鋭い視線を遣った。
「あの、地下は、どうでしたか?」
「予想通り、かな。…まぁ、今晩辺りにはケリが着くだろう。」
「そうですか…」
本当に心から安堵した風で胸を撫で下ろす雲雀に、もう一度、夜中は低い声を投げた。
「言っただろ。翆にあまり近付くな。コレは赤ん坊には障るぞ。」
コレ、と指された翆が不満げに小さく何か言ったようだったが、夜中はこれをあっさりと無視した。雲雀はその様子に苦笑しつつ、首を傾げる。
「ですが、さっき何か酷い音がしたものですから、心配になって…様子を伺う程度なら大丈夫かしらと思ったんです。」
もう戻りますから、心配ありませんよと笑う彼女に、夜中は頭をかく。翆をそっと床に下ろして部屋に戻るよう言いつけ、彼女がドアを閉じるのを見守ってから、彼は雲雀に向き直った。どうにも彼女には事態の深刻さを飲み込んで貰えて居なかったようだ。
「――赤ん坊ってのは、死に易いんだよ。」
唐突な切り出し方に意味を捉えかね目を丸くする雲雀に、夜中は目を伏せる。
「事情は説明できない。でも、翆は、そこに居るだけで自分の周囲の生死の境を曖昧にしてしまう、そういう娘なんだ。」
言って、彼はドアに体重を預けた。やっと話が飲み込めた風の雲雀に目をやりながらも、意識は手で触れたドアの向こう側に向かう。翆はきっと、そこでこの話を聞いているだろう。あれはそういう娘だ。夜中はそれを、よく知っている。
「…新月の魔女…?」
夜中の説明に思うところがあったのだろう。雲雀はぽつりとそう口にして、ドアの向こうを透かし見るように眺めた。新月の魔女。その、意味する存在。
「耳にしたことはあります…。」
「そうか、なら、話は早い。…解るだろう。あれは、寧ろ、現世にあって死後の世を呼び込むような、そういう存在だ。…『死に易い』赤ん坊なんかを、近くに置いてはいけない。」
夜中は低い調子で言い、それきり雲雀に見向くことも無く室内へとするりと消えた。翆、と彼がいっそ甘やかな様子で少女を呼ぶ声が漏れ聞こえて来る。
くたりと力が抜けて、雲雀は暫くその場から動くことが出来なかった。よろめきながら一歩、二歩、と部屋から後ずさる。
私のまじないは失敗していた、と、彼は言った。――ならば。
私のまじないが呼び寄せた彼等は、一体、何者であろうか。
そんなことが脳裏を走り、背筋を震わせたが、雲雀は強く首を振ってその考えを打ち消した。考えてはいけない。――容易に触れては、いけない。
あれが本当に月の領域の存在だというのならば、尚のこと。